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もしつき合ってくれとか言われたらどうしよう……。翌日、どきどきしながら昼の時間を迎えた弘樹だったが、待ち合わせに現れたマナブは前と同じくイケメンでポジティブオーラを発していてそれだけで、何も変わらなかった。
例の発言にも触れられず、漫画について話したりまだ足を運べていないランチの店の情報交換をして、「じゃあまた明日も」と彼に言われた時、弘樹は肩の力を抜いてほっと安堵の息をついた。
良かった。
彼はきっと弘樹の気持ちを察してくれたんだろうと思う。
これ以上進めないとわかってくれたから、現状をキープすることに決めたのだろう。だったら自分もこのままでいよう。無かったことにしてしまうのが、お互いの為だ。
そう割り切ってから、マナブと会うことに抵抗は無くなった。
ほとんど毎日ランチを一緒にしている。家に帰ってからもビデオ通話をつなぎ連載中の漫画の相談をしたりする。マナブと一緒にランチに行くようになって、今までより昼が楽しみになった。誰かと好きなアニメや漫画の話をするのは息抜きになる。
間に合うように午前中の仕事もきちんとこなすようになった弘樹に課長は、
「やればできるじゃん。最近調子よさそうで安心した」と笑った。
「はい」と愛想笑いではない心からの笑顔でこたえられたのは、大きな変化だ。
これまでは投稿のネタのためにとやっぱり少し無理をしていたのかもしれない。マナブは弘樹が知らない穴場の店や高級店を良く知っていて、自分でリサーチしなくても連れて行ってもらえる。楽ちんだった。華やかな女性が多い店だって気後れもしない。何もデメリットなんてなかった。
家に帰り、コンビニのおにぎりだけの食事と簡単なシャワーを済ませていつも通りパソコンに向かう。しばらく描いて時刻は夜中の一時過ぎ、この時間でもマナブは起きている。というか、夜中の三時に投稿してもピタが返ってくる。フリーのエンジニアだと言っていたが、ほぼ弘樹と同じ睡眠時間だと推測できるのに、あんなにいつもイケメンを保っていられるのはなんでなんだろう? 今度聞いてみようと思いながら、ビデオ通話をつなぐ。
スリーコールでマナブは画面に現れた。
「ハイ、弘樹。かけてくるの待ってたよ。〝滅びた大陸の神殿〟の資料だろ? いくつかピックアップしたからメールで送るよ」
「あ…ありがとう」
弘樹と呼ばれるのはやっぱり恥ずかしいなと思う。ビデオ通話の何気ない会話の中で、本名が弘樹だとわかるとマナブは大げさなほど喜んだ。そしておずおずと
「弘樹って呼んでいいかな?」と聞いてきた。
別にそこにこだわりはない。同級生からはそう呼ばれていたし好きにしてもらってかまわない。弘樹がうなずくと、マナブはかみしめるように
「ひろき」と、言った。
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