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 すごいことがはじまりそうな予感にどきどきしながらまた投稿してみる。以前描いて良い出来だとひとりで満足していたそのイラストに、どんどんピタがついていく。最終的には五百を超えて、その日の全体ランキング百位以内に表示された。 「うお……なにこれ、すげえ」  興奮に紅潮した顔で画面を食い入るように見る。  インターネットの威力はすごかった。同人誌とは見ている人間の数が違う。ランキングに乗れば見知らぬユーザーから続々と『いいね』とコメントをもらう。ピタも増える。昨日まで弘樹を知らなかった人たちがすぐフォロワーになってくれて、新作を待ち望んでくれている。うれしくてお礼にコメントをすれば、またそこからユーザーのフォロワーにつながる――加速度的に弘樹のネットワークも広がっていく。  しばらくは楽しくてしかたがなかった。  漫画やイラストを描けば何百人ものユーザーから褒めてもらえた。みんなが受け入れてくれて、弘樹を待っている。こんな素敵な世界があったんだと、心から感激した。もっと見てもらいたくて毎日描いて投稿した。ネットを離れたコミケでも、知名度のおかげで自分の本が飛ぶように売れる。SNSで見てからファンですと熱烈に言ってくれる女の子もいて照れくさかった。  指先で水面に触れれば起こる波紋のように、好意的な反響が広がっていく。  弘樹はその頃、絶好調だった。全能感に酔いしれて、怖いものなど何もないと思っていた。  しかし三、四年も続けていると、フォロワー数は頭打ちになる。弘樹が好きだったアニメも放映が終わると人気が翳り、三度の映画化で息を吹き返したが、ネット上の話題は常に新しいものに移ろっていく。新作を投稿してももらえるピタの数が減り、ランキング入りすることもなくなった。  楽しかった気持ちが、負け寸前のオセロのように次々と焦りに変わってゆく。  前と同じことをしているのに誰も褒めてくれない。努力がまったくむくわれない。  そうなるともうやめてしまえばいいのだが、ランキング上位のユーザーたちがかつての弘樹のように楽しんでいる様子もクリックすればわかってしまう。自分が彼らより劣っているとも思えないのにやめてしまうのは、負けたようで悔しくてできなかった。  惰性で毎日SNSをのぞいてしまう。ちっとも増えないアクセス数に肩を落とす――そんなループから抜け出せなかったある日、とある同人作家のブログをみつけた。  ネットでよく使われる意味で〝神〟と呼ばれることも多かったその人は、〝リムレス仙人〟と名乗っていた。弘樹のジャンルの同人作家としては頂点にいて、弘樹も憧れていた人物だ。漫画のうまさはまあまあだったが、とにかくカラーイラストがうまかった。繊細な陰影は真似したくてもまねできない、文字通り神がかっていたのを覚えている。
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