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「確認……してなかった」  以前の弘樹なら考えられないことだった。  ランキングの百位以内に入ったのは数年前の最初の数週だけ。それもアニメの人気に乗っかった二次創作でだ。その高揚感が忘れられなくて、毎日アクセス数をチェックしフォロワー数を増やすために苦しんでもがいて睡眠時間も削ってきたのに――まさか忘れていたなんて信じられない。  ここ最近マナブと話しながら投稿をはじめてからは、彼に見せることが一番の目的になっていた。見せれば必ず褒めてもらえるから次の日も頑張ることが出来る。それが弘樹の原動力になっていた。いつの間にかあんなに一喜一憂してがんじがらめになっていたアクセス数やフォロワー数や、諸々の数字から解放されていたんだ。 「うそだろ」  まだ実感がわかないまま呆然とつぶやいた弘樹に、画面の向こうのマナブが優しく笑う。 「当然だよ。『六機さんならできる』って僕は前から知っていた。やったね」 「…………」  鼻の奥がつんとするなじみの感覚に弘樹は慌てた。画面の向こうのマナブの顔がぼやけてにじむ。マナブに見られているのに、こみ上げてきたうれしさに涙がこらえきれなかった。  マナブが優しくするのが悪い。  こんな俺を好きになって、ずっと支えてくれて、『パクる』なんて最悪な裏切りをしたのに許してくれて、こんなにも優しくしてくれるマナブが悪いんだ――。  うつむいた視線の先、部屋着の古びたジャージの腿に、ぽつぽつと水玉模様ができる。手元にあったティッシュを五枚くらい引き出して顔に押し当てながら、弘樹は嗚咽の混じる声で呼びかけた。画面の向こうのマナブに伝わるように精一杯の気持ちをこめて。 「ごめ、っね。ごめん……マナブの漫画パクった俺なんかに、ひっ、こんな、優しくしてくれて……ほんっ、とに、ごめん。ひっ……あり、ありがと……ごめんね」  そうして弘樹はひとしきり泣いた。止められない涙に開き直って、全部吐き出すつもりで泣いた。  色々な感情がマーブル模様になって湧いてくる。自分の卑小さが悔しくて、マナブにすまなかったと罪悪感で、だけどあきらめずに漫画を描き続けてきたことは間違っていなかったとうれしくて、泣いた。  その間マナブは何も言わずにいた、少し涙もおさまってふと顔を上げると、画面の中の彼の手が、宙に浮いたまま何度も前後に行ったり来たりしている。 「マナブ……?」  不思議に思って弘樹が名を呼ぶと、彼は動きを止めず愛おしそうにこちらを見る目を一層細めた。  マナブの手の動き、それは何かをいたわり撫でるしぐさだ。  彼が何をしてくれているかわかった瞬間、弘樹の胸の奥がカッと燃え上がり熱くなった。マナブはずっとモニターに阻まれた遠い場所から、それでも弘樹の頭を撫でてくれていた。  耐えきれなくて、机の上に顔を突っ伏しながら弘樹はつぶやく。マイクに拾われないように音を出さず、唇の動きだけで。 「やめろ……やめてくれよ。萌えちゃうから、やめろよ」
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