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 シャワーで甘い匂いのするべたべたを洗い流す。ざっと服も洗ってシャワーレールに干しておく。その間も弘樹はずっとにやにやと笑うのが止められなかった。だって一位になったのだ。トップだ。この瞬間弘樹は誰にも負けていない。誰にも文句は言わせない。最高だ!  自然に出てきた鼻歌にあわせて身体をゆらしながら水滴を拭っていると、パソコンからビデオ通話の着信を知らせるチャイムが鳴っているのに気がついた。  マナブだ!  きっと彼も一位になっているのを見たに違いない。  早くこのうれしさをわかちあいたい一心で、一足飛びにパソコンの前に行き通話をオンにした。 「一位! 一位とった!」 「…………」  息せききって報告しても反応が無い。  最高によろこぶ顔を想像していた弘樹は、いつもの部屋でぽかんとこちらを見ているマナブに唇を尖らせた。なぜそんな顔をしているんだ、うれしくないのか? 喜んでくれないのかな? そう思う弘樹をよそに、マナブはおでこに手を当てると「はぁー」と深い溜息をついた。 「弘樹、うれしいのはわかる。僕も同じ気持ちだ。だけど」 「ん?」 「服を着てくれないかな」  マナブの言葉に自分の姿を思い出した弘樹は、みるみる全身を赤く染めた。 「ごめんっ」と叫びながらカメラの死角まで逃げると適当に落ちている服で股間を隠す。それから乱雑に服のつめこまれている衣装ケースからズボンとTシャツをとって身に着けた。たぶん着替えの一部始終は見えてしまっていただろうがこの狭いワンルームではどうしようもない。 「…………」  照れ隠しに渋い顔を作って再びパソコンの前に座る。 「……ちょっと、ジュースこぼしちゃったんで」  眉間にしわを寄せて言い訳をする顔はまだ赤い。オーライと応えるマナブも頬を染め目元を手で覆い隠している。彼もどう反応していいのかわからない様子だった。  わざとらしくごほんと咳払いをして弘樹は無理やり本題に戻る。 「見た⁉」 「もちろん。信じてた」  カメラに向き直りまっすぐに弘樹を見るマナブの視線に、また頬が熱くなる。『信じてた』なんて自分じゃ絶対口にできない言葉だ。でもそれが似合うのがマナブなんだよなと思う。内面も外見も期待を裏切らない完璧なキャラクター。生身じゃなくてもはや二次元っぽい。だからきっと誰だって萌えちゃうんだよな。  顔が上げられなくなってもごもごと口の中で「ありがとう」とつぶやく弘樹に、マナブはまぶしすぎる笑顔で言う。 「じゃあ、たまには休もう! 今週の金曜日会社が終わったら食事に行こうよ。約束した通りすごくいい店予約したから」
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