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 さすが仕事が早いと思いながら弘樹も笑顔になっていた。そうだよ、毎日ずっと漫画ばっかり描いていて夜出かけるなんて数年していない。家と会社の往復が精一杯でそんな気持ちにもならなかった。でも今は舞い上がるほど最高の気分だ。ぱーっと羽を伸ばしたい。マナブに任せればきっと最高の店に連れて行ってくれる。楽しい夜になるにちがいない、そんな気持ちで弘樹は「うん」と、大きくうなずいた。 ◇◇◇  エレベーターを降り、その店に入って薄暗い廊下を抜けた途端、目に入ってきた景色に弘樹は感嘆の声を上げた。 「うわー、きれい」 「でしょ? 晴れていて良かった。夜景が良くみえるね」 「月も良く見える。今日は満月なんだ」  マナブが予約していてくれたのは、外資系ホテルの高層階にあるレストランだった。  マナブが説明するところによると、以前はニューヨークの高級店で腕を振るっていた有名シェフが、とある日本人女性にほれて追っかけてきた末にヘッドハントされて開いた店らしい。  マナブは目をキラキラさせて「すごく情熱的で素敵な話だよね」と笑った。確かにそうだが相手は迷惑じゃなかったのか、と心配になる自分は、やっぱり色恋事には向いてない。ちなみに今はその人が奥さんだと聞いてとても安心した。  二階分吹き抜けになった店内は一面が総ガラス張りだ。薄暗いと感じるほど落とされた照明のおかげで眼下の夜景と大きな丸い月がよく見えた。  高い天井から吊られた小さな月みたいなすりガラスの照明は柔らかな光を揺らめかし、白いクロスの敷かれたテーブルで思い思いに談笑している客たちの顔を淡く照らす。ところどころ床を掘り下げて土を盛り寄せ植えされている腰丈のグリーンが、地上数百メートルだというのにガーデンテラスにでもいるかのような錯覚をおこさせた。  インテリアだけでも相当金かかってそうだな……。圧倒されていた弘樹の腰にやんわりとマナブの手があてられる。 「僕たちの席はこっちだ」  先立つスタッフの後を追った。どこかのテーブルにつくかと思ったら奥にまた扉があって、案内されたのは天空に張り出すバルコニーの席だった。季節は夏も終わり、秋の気配を感じるこの頃だ。ビュッと吹いた風に髪をなぶられ寒くはないかと心配したが抜かりはないようだ。緑が配置されたバルコニーには、適度に離された独立したテントが四つ建てられていた。その一つ一つが個室のようになっていて、テントのどれかから先客が笑い合う気配が伝わってくる。  なるほどまるでキャンプに来たみたいだ、テンションが上がる。
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