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「大丈夫? 顔が真っ赤だ。お酒弱いんだね、お水もらおうか?」
マナブがフロアを巡回しているウェイターに備えつけのベルで知らせる。気づかないのかやってこないので「すいません」と彼が声をはった。すると少しして、どこかのテントで歓声があがった。ずいぶん盛り上がってるなと思いながら弘樹は背もたれに体重をあずけて、しばし休憩する。
目を閉じると心地よくて寝てしまいそうだ。
瞼の向こうに色とりどりの柔らかな光を感じる。なんか、幸せだな、と思った。満たされていて、安心できて、幸せだ――。
自分は今微笑んでいるかもしれない、そう感じたとき、予期しないことが起こった。テントの外で気配がしたと思ったら、「ハァイ」と見知らぬ誰かが弘樹たちのテントを覗き込んだのだ。
弘樹は驚いて「わっ」と悲鳴をあげる。マナブも目を丸くしている。
なんだこの人たちとビビりながら様子をうかがうが、次の瞬間「あ」と小さく声を漏らしたマナブが「ハイ」と軽く手を上げて応えた。
「あーあ、うるさいのに見つかったな……」
小声でぼやきながらマナブは困ったように髪をかきあげる。
「し、知り合い?」
弘樹が動揺でどきどきしている胸を押さえながらたずねると、「まあ、そんなとこ」とうんざりしたように彼は言った。
あんまり親しい間柄でもないのだろうかと考えているうちに、ふたりの男が遠慮なくテントに侵入してくる。
ふたりとも存在感がすごくて気圧される。マナブに負けずスタイルがよく、よくわからないがそれぞれに着飾っていて芸能人みたいな人たちだ。
細身のスーツを着た方が大きく両手を広げて「やっと見つけたー」といきなりマナブに抱きついた。目を見開く弘樹の目の前で、マナブの肩に両手を乗せチュッチュッと両頬にキスを落とす。音だけじゃなくてがっつり唇をつけられたマナブは苦笑しながら彼を押し返した。
今度は光沢のあるゆるいシャツを着た、耳にやたらピアスのついた男も、「デェエイヴ」と甘えた声でマナブに顔を寄せる。短く英語で返したマナブに彼はにっこり微笑みかけると、じらすように時間をかけてマナブの頬のごく唇の近くにキスを落とした。
驚きで開かれた弘樹の目がさらに丸くなる。
スーツの男がはしゃいで言った。
「やぁもー、こんなところで会えるなんて最ッ高。さっきマナブっぽい声の人いるよねってみんなで興奮してたんだよ? でもまさかそんな偶然ないよってリサは言ったんだけど、確かめに来てみて大正解! ほんと何してたの? 最近ぜんぜん姿見せないからぁ、寂しかった」
「忙しかったからね。みんなは元気?」
「まあまあ。変わらないよ」ピアスの男がそう言いながらマナブの肩に柔らかく手を置く。
「ねえデイヴ、あっちで飲みなおさない? 今日はリョウのバースデイなんだ。サプライズしてくれたら絶対喜ぶよ、ね?」
そうしてじっとマナブを見つめる彼の目は、雄弁に言葉にしないメッセージを伝えている。
酔いの回ったぼんやりした頭でも弘樹にはぴんときた。この人マナブを狙ってる、か、もしかしたらもう、すでに何かあったか。
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