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「悪いけどそれはできない。友達といっしょだから」
きっぱりとマナブが断りの言葉を口にした。「ああ……」とつまらなそうに言う男の視線がふと弘樹に流れてくる。だがすぐに興味なさげに素通りしていった。
身体がカッと熱くなる。
理由もわからないが猛烈に恥ずかしくなった。それから恥ずかしさを覚えた自分に腹が立った。
時々笑い声を上げながら仲間内のわからない話を続けている三人を見ながら、急激に弘樹の気持ちは冷めていく。じゃあまた、とマナブが手を上げふたりが名残惜しそうに去るころには、楽しかった気持ちが最悪の一歩手前にまで冷え切っていた。
「ごめんね弘樹、待たせたね。久しぶりに会った知り合いだから話し込んじゃった」
おしゃべりをして喉が渇いたのか、マナブは喉を鳴らしてうまそうにワインを飲む。
『うるさいのに見つかった』とか迷惑そうにしていたくせにずいぶん楽しそうだったな。内心そう思いながら、弘樹はぶすっとした顔で返した。
「別にいいけど……」
さっきとは打って変わって不機嫌になっている弘樹に気づき、戸惑ったマナブが眉を下げた。弘樹もまた一口ワインをあおると、ふてくされたまま口を開いた。
「別にいいけど、今日は俺らのお祝いなんだよね」
マナブは一瞬驚いたという顔をする。しかしすぐにとけそうに緩んだ表情で弘樹を見た。
「だから、弘樹が一番じゃなきゃいや?」
「別に……。そんなことないけど」
弘樹は動揺しながらソファーに身を沈めた。何言ってんだ? 自分たちの祝いだから何だというんだ。もう十分豪華な料理で祝ってもらっているし、マナブが知り合いと少しの時間話そうが何も問題はない。何が言いたかったんだ?
ソファーの背に肘をついて頭をあずけたマナブは組んだ膝に片手を置くと、じっと弘樹を見つめた。
「なんだよ? 本当に深い意味なんてないってば」
なかばやけくそになってワイングラスに手を伸ばした弘樹の肘のあたりに、そっとマナブの手が触れた。酒に弱い弘樹が飲みすぎているのをたしなめるように。
「ねえ弘樹、ちょっとでいいから考えてみて? 本当に意味はない? それでもそんな態度されたら、僕は期待してしまうよ?」
「期待……」
マナブの言葉で場の空気が変わる。
濃密になったそれに弘樹は胸をあえがせる。
行ってはいけない方に流されていきそうなのに身体が動かない。頭も機能していない。
「ずっとあなたの思う所からはみ出さないように努力してきたんだ。だから、いいよね? 一位になったお祝いに、僕にもごほうびをちょうだい?」
ごほうび?
それがなにを示すのか意味を考える前に、気がつけば唇に熱い息が触れた。
どっくんと弘樹の心臓が跳ねるのを合図にしたように、次に少し渇いた唇が触れ、隙間から温かく湿った柔らかな舌が侵入してくる。ぼうぜんとしている間に弘樹の舌先にちょんとそれが触れ、その刹那、尾てい骨の辺りからざわざわと見知らぬ感覚が這い上ってきて毛が逆立った。
「んっ」
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