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「ちょっと羽村君!」  肩を揺すられて、はっと意識が舞い戻った。慌てて肩越しに隣をうかがえば、怒ったような困ったような顔をした課長がいる。 「どうした? また元に戻っちゃった?」 「すいませっ……」  言いながら目の前の画面に視線を戻す。一瞬記憶が無くなった。また少し寝てしまったようだ。カチカチとクリックする音をさせ始めた弘樹を見て、溜息をついた課長が言った。 「ちょっと話しようか」 「……はい」  連れてこられたのは、パーテーションで区切られた小さな打合せスペースだった。同僚の目を考えて移動してもらえたのはありがたい。でもまたお説教かと思うと気分が落ち込んだ。  座って待っていた弘樹の前に課長がどうぞとコーヒーを置いて自分も座る。頭を下げた弘樹にうなずくとゆっくり自分の分に口をつけた。気詰まりな時間が過ぎる。うつむいてただやり過ごしていた弘樹に、課長が言った。 「やれば出来るんだよね、羽村君はさ」 「……はい」 「その能力を仕事に活かすのが嫌なんだろうけどね」 「…………」 「もしかしてさ、漫画とか好きなの? そっちに時間とられてるんでしょ?」 「えっ!」  言い当てられた弘樹は思わず腰を浮かせた。どうして? なんで課長が知ってるんだ? なんで会社にバレた? 誰か告げ口したのか? 青くなる弘樹の顔を面白そうに見ていた課長だったが、笑い飛ばすように言った。 「あはは、そんなに動揺しないでよー。ごめんね、この前電話しながら落書きしてたのちらっと見えたんだけど絵うまいねー。感心した。うちの息子もオタクでたまに描いたりしてるけどね、段違いよ。プロかと思った」 「はぁ、はは……」  そういうことかとほっと胸をなでおろした弘樹だったが、表情を改めた課長は言葉を続けた。 「でもね。羽村君ももう新人じゃないでしょ。うちの部署はまあ、私が言うのもなんだけどゆるいじゃない? そういう時間もあったんだと思うんだ。でもそろそろ定期異動の話も出てきているのよね。今月に入ってちょっと戻っちゃったけどさ、羽村君やればできるよね。先月あたりはすごかったよ、言われる前にパパっとやってくれちゃって別人かと思った。頼もしかったわ」  にこにことしながら課長は弘樹を褒めてくれた。照れくさいが自分でもよくやっていたと自覚はあったのでうれしい。でも異動の言葉が引っかかる。すごく悪い予感がした。 「……でね、資材管理部知ってるよね、上の階の半分ね。じゃんじゃん電話はかかってくるし海外取引だと時差あるから残業も結構あるし、とにかく忙しい部署だけど……羽村君、そっちでやってみない? 給料うんと上がるよ」  くらりと視界が歪んだ。
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