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 マナブがリンク先で見せたかったもの、それは一位をとったあの漫画の続編だった。  ちらっと目にした概要では全部で百二十ページあった。マナブと会わなくなってから二週間、いやもう一ヶ月経つだろうか。その間に、もしかしたら前から描いていたのかもしれないけど、そのページ数の漫画を描くのは並大抵なことではない。それをマナブは弘樹に読めとリンクを送ってきた。  おそらく弘樹が描けなくなっているのを悟って、『あげてもいいよ』とよこしたのだろう。そう言って微笑むマナブの姿がたやすく想像できた。でも弘樹はそれを読まなかった。読みたい。中身が知りたくてたまらない気持ちはある。でも読まないことを選んだ。  今度こそ、マナブの気持ちがわかったからだ。  たかが下心で、弘樹と寝たいだけで、こんなふうに百ページもの漫画を描く労力は使わない。マナブが差し出してきたのは、見返りを求めない気持ちなのだとわかった。弘樹を助けたいと手を差し伸べてくれたんだ。  彼はまだ弘樹のことを思ってくれている。それがわかっただけで、奥の方にぽっと白熱電球が灯されたように胸が温かくなった。  だからこそもう勝手にパクったりはできない。したくない。弘樹は手を伸ばし枕元に充電してあったスマホを引き寄せるとSNSを開く。もう一度マナブのアカウントへ飛んで続編の表紙をながめた。 「やっぱり下手くそ」、そう笑いながらピタを一つ押して送った。  ちゃんと気持ちは受け取ったよ。  だけどもう大丈夫。もうすこし自分の力でできるよ。直接言えない気持ちを乗せるように。 ◇◇◇  午後三時。昼下がりの眠くなる時間帯だ。同僚たちもどこかけだるそうに仕事をしている。弘樹はいつもの席で書類の確認をしながら、実は隣に座る課長をちらちらと観察していた。  課長が機嫌よさげにお菓子を食べている。子供の頃からずっと好きだったと話している〝うにせん〟、つまり海産物のウニの味がついたおかきだ。微かに軽やかなポリポリという音が聞こえてくる。それって生臭くないのだろうか? どうしても寿司に乗っているあれを想像してしまって、すすめられるがいつも丁重にお断りしていた。  視線に気づいたのだろうか、課長がいぶかしそうに弘樹を見てぱちぱちと大きく瞬きしながら「なに?」と聞いた。 「いや、あ……。それ、美味しそうですね」  ごまかすために言ったのに、「ほんと? 興味示してくれた? 前から言ってたじゃない美味しいって。ほら、ひとつどうぞ」と小分けの袋をもらってしまった。しょうがないので袋を破り恐る恐る口にしたそれは、塩気とうま味の効いた香ばしい味で、良い意味で拍子抜けする。
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