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ただ腹を満たすだけの味気ない時間に戻った昼だが、その間に、マナブは今日どこで食べているのかを想像するのが楽しみになった。帰り道にはつい彼の姿を探してしまって、そんな自分が嫌になるけど、もう少し余裕ができたらまた自分もランチの投稿も再開しようかなと思っている。
長かった一日がやっと終わり、会社帰り、オフィス街を歩きながらスマホでコメントをチェックする。もらった感想も参考にしてこの先どんなストーリーにしようか考えていたら、知らないユーザーからメッセージが届いているのに気づいた。
『第二十七回剣星オンリーイベント実行委員 ゆいみ☆』
「剣星オンリーイベント? えっ、もしかしてまたやるんだ! 実行委員? 誰だ? 何の用だろう」
剣星オンリーイベントとは、弘樹がずっと二次創作を続けているアニメの同人作家たちが自分の作品を持ち寄って即売会をするイベントだ。ファンも大勢訪れる。
アニメ自体の人気が陰ってからは開催されていなかったが、また復活するのだろうか? それは絶対に参加しなければと興奮しながら本文を読む。
『突然のご連絡失礼いたします。掲題の通り、この度放映十周年を記念してオンリーイベントを復活させることになりました。つきましてはSNSでご活躍中の六機さんに、是非パネルディスカッションにご参加いただきたく』
「パネルディスカッション、って何?」
ぽかんとしながら思ったより長文だったメッセージを読み進める。どうやらそのイベントの途中でちょっとした討論会をするらしいという事がわかった。そしてそれに〝六機〟こと弘樹も参加して欲しいと言うのだ。
「いやー……無理でしょ」
いつの間にか着いていた地下鉄の駅のベンチに座り、半笑いで断りの返信を入力しようとスマホを持ち直す。
だってコミュ障の自分が人前で話なんかできるわけがない。そりゃ作品については話したいことは山ほどある。伏線の素晴らしい回収のしかただとか、神回の作画がどんな視覚効果をもたらしているかとか、キャラデザインのバランスと配置の良さとか、声優さんの成長過程における演じ分けとか……。いや、待てよ。俺話せるかも、と思いそうになったが、やっぱり無理だ。
そもそも弘樹なんかで良いのだろうか? 他にも古参の作家はいっぱいいる。でもその中で自分に依頼が来たということは、
「俺、有名になったのかなあ」
ぐふふとこらえきれない笑いをおさめるために下を向いて地面を眺めていたら、スマホがブブブと振動した。またSNSにでもメッセージが来たかと確認しようとしたら、またブブブと鳴った。それだけでは止まらずスマホはまだ振動し続ける。手に取っても止まらないそれに慌てて画面を表示させると、やはりSNSの作品にコメントがついたことを知らせる通知だった。
もうずいぶん経つのに新作ではなく、全部一位をとったあの作品に届いている。
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