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 モニターも省エネモードに切り替わった。蛍光灯のついていない部屋は、小さなLEDの緑や赤が点滅するだけの闇の中だ。  その沈鬱な淀みを祓うように部屋のインターホンが鳴った。弘樹は飛び上がってゴミを蹴散らし玄関まで走ると、裸足のままなのもかまわずドアを外へ開く。  顔を見せたマナブは、久しぶりに会って照れくさいのか、わずかに弘樹の顔から視線をはずしながら、「やあ」と手を上げた。手にしたフルフェイスのヘルメットと手袋から察するに、バイクで来たようだ。 「ごめんね、少し迷って、遅くなっちゃった」  続けて、「入っても?」とマナブが言うのを待たず、弘樹は彼の腕を掴んで部屋へ引き入れるとその身体にぎゅっとしがみついた。  びくっとマナブの身体に力が入るのを感じながら、彼の着ていた革のライダースジャケットに顔を埋める。独特の匂いと微かな嗅ぎなれた香水の香りに包まれて目を閉じ、息を吐いた。  やっとマナブに会えた。  ずっと会いたかったのに会えなかったマナブに。  こうしていると安心する。守られていると感じる。何もかもが夢の中の出来事だったかのように遠くなる。 「弘樹……」  しめった声で言うマナブに頬を包まれ唇に温かい感触が触れても、弘樹は抵抗しなかった。  優しく唇でなだめられて熱い舌が入り込んできても、自分からそれを迎え入れた。  敏感な舌先を甘く噛まれて声が漏れる。柔らかく肉厚な舌に自分も知らなかった感覚を与えられて、体の奥からじんわり泣きたくなるような熱で火照らされる。  濃厚な口づけはしばらく続いた。チュッと音を立ててマナブが離れようとしても、ねだるように彼の首を引き寄せてもう一度弘樹から唇を合わせた。  なんて心地いいのだろう。  ずっとこうしていたい。もう離れたくない、そう思った。  うっすらと目を開くと、マナブが弘樹を見ていた。  普段は薄い色で時折茶色の中に緑色が混ざる彼の瞳は、廊下の明かりだけがついた暗い部屋の中では黒々と底知れぬ井戸のようで、吸い込まれそうになる。しばらく見つめ合いながらキスをしていたが、マナブの目がすっと細くなり、最後に舌を柔らかく吸われてから今度こそ弘樹は引き離されてしまった。  まだ離れたくなくて不満げに顔を寄せようとする弘樹を制して、マナブが言う。 「弘樹。弘樹うれしいけど、ちょっと待って、聞いて? 犯人は〝リムレス仙人〟だった」 「リムレス仙人……」  そういえば俺、あの人に批判されていたんだっけ。ずきっと胸が痛んだ。 「彼がSNSで最初に流したんだ。ご丁寧に僕のページにリンクまでつけて……」
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