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 十秒もたっていない。驚いて画面に顔を寄せるが、見慣れた名前を見つけてまた椅子に沈み込んだ。 「って、いつものマナブさんか」 『だいじょうぶ! 六機さんに才能が無いわけないです。僕はいつまでも待っています』 「相変わらず早いし……なんか、すごいな……」  いつも通りなのだが熱いコメントに軽く引く。そう言っている間にも、五件立て続けに通知が来る。中にはここ数か月ピタもくれなくて離れていったと思っていた作家仲間もいた。弱っているところに群がるハイエナかとも思ったが、反応してもらえるのならとりあえずはいい。 「すげえなこれ、効果あるじゃん。あ、ファンは大切にしないと。えっと、『ありがとう! うれしすぎていいアイデア湧いてきました』と。コピペじゃだめか、ひとりひとり変えなきゃダメなんだよな。『俺なんて全然。早くむーさんみたいに上手になりたいです』」  リムレス仙人のブログには他にもポイントとして、悪口や相手に否定的な言葉は使ってはいけないと書いてあった。昔からのファンは、身内感を演出するために親しみを込めつつ、少しラフに扱うのがいいんだそうだ。なんだかまったく自分らしくない人格を演じているようで座りが悪い。息がつまりそうだ。だけど、確かにこの目で効果を確認できた。作品には自信がある。足りなかったの〝こういうこと〟か。 「だったらやるしかねぇな」  そう感じてからの弘樹は、一層SNSにのめり込むようになっていった。 ◇◇◇ 「羽村(はむら)君! まさか寝てたんじゃないよね?」 「はっ、いえ寝てないっす。大丈夫です」  慌てて頭を起こし、よだれの垂れていた口元をぬぐう。 「……まあいいわ。昨日メールでお願いしてたデータの精査終わった? 赤になってるセルのとこ。定例会議で議題になっていた追加分だから慎重にやって欲しいんだけど。件数無いし今日中には終われるよね?」 「はい……いえ。あの……」  弘樹は視線をさ迷わせた。しまった。あまりに眠くて何も確認していない。 「え! まさか見てもいないの? 開封通知もないしおかしいと思ったんだよ。あのさ、羽村君。学生ならともかく社会人になってまで居眠りなんて許されないよ?」 「はい、すみません……」 「残業できる?」 「いえ、ちょっと……」 「あーもういいわ。こっちでやっとくからメール破棄して」  ため息をつきながら課長は席に戻っていく。面倒見が良いと評判の女性課長だが、最近は見放され気味な気がする――。 「……はい、すいません」  弘樹は小さな声で言ってパソコンに向き直り、無意味にマウスをカチカチと鳴らした。  勉強はしていなかったので大学の成績は散々だった。それでもすべりこめた小さな電子機器メーカーの人事総務部で堅実に勤めはじめてからも、創作はやめなかった。
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