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 仲間の一人が弘樹の手に自分の同人誌を渡して言った。 「六機ちょっと買ってけよ。今回マジで気合入ってるから。特殊紙に箔押しの表紙(しび)ぃだろ」 「うわっ、まじハンパない」  印刷したての匂いのするその本をパラパラとめくる。  お互いSNSでコメントし合うことはあっても、こうして直接会うのは本当に久しぶりだ。それぞれ仕事や家庭があるだろに頑張って続けているんだな。頭を上げて、仲間たちが展示販売しているブースをしみじみと見渡す。  この広い会場にいる誰もがみんな、それぞれ自分の生活をこなしながら好きなことにただ一途に一生懸命に向き合っている。弘樹はその熱量に圧倒されていた。眩しくて、反対に今の自分が情けなくてたまらなくなった。  ――俺はもうその中にも入れないんだ。  ぼんやり立ち尽くしていると、すっかりなじんだ気配が並んだ。 「黙って連れてきてごめんね。でも、楽しいでしょ」 「……ん」  本を置いて「また後で」と挨拶を交わし、弘樹は会場内をゆっくり歩き出す。マナブがついてきているのは、見なくてもわかっていた。 「俺さ、苦しかったけど楽しかったんだよな。思い出した」 「うん」 「ただ楽しいから描いてた。誰のためでもなくて自分のため、正直落書きの延長みたいなもんだった」 「Wait、ウェイ、落書き? あのクオリティーで? 俺の事ディスってるの?」  マナブが言う冗談に、弘樹も笑う。 「でも……それでいいのかな? 俺、自分のためになら、また描いてもいいのかな?」  返事が無かったので振り返ってマナブを見たら、泣き出しそうな表情をしていた。 「なにその顔。おおげさだな~」 「だって、うれしくて……」 「泣くなよ!」  弱弱しく言うマナブのあまりのギャップにまた笑ったその時、遠くから弘樹を呼び止める声があった。 「〝六機〟さん!」  人ごみの向こうから課長くらいの年齢の女性が手を振っている。彼女は苦労して人をかき分けやってくると、弘樹に一枚の名刺を差し出して言った。 「六機さんでよろしいんですよね? いらっしゃってると聞いたのでご挨拶に参りました。私、実行委員の〝ゆいみ〟と申します」  ぺこりと頭を下げる彼女に弘樹もおじぎを返す。もらった名刺には『ゆいみ☆』と書かれていて思い出した。 「あー、すいません! ご連絡いただいた……無視したみたいになっちゃってすいません。あの色々と……」  汗をかきながら謝る弘樹に、彼女は「まぁ……みたいですね」と曖昧な相槌を返す。どうやら事情は知っているようだった。 「大丈夫です! 私、実はずっと六機さんのファンなんですよ。だから参加していただきたかったんですけどね、しょうがないです。あと三十分であちらの壇上でパネルディスカッションはじまりますから、良かったら見て言ってくださいね。あ、今回同人出身でプロになった先生もお呼びしてるんですよ。六機さんご存じでしたっけ、私たちが『神』って呼んでた〝リムレス仙人〟さん……あっ! あれ? 六機さんとトラブってたのって……」
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