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「な、なんだよ、きみ……」  リムレス仙人の顔色がさっと変わる。弘樹に絡んでいた時とは人が変わったように落ち着きが無くなり、しきりに眼鏡を押し上げる。  弘樹からはマナブの表情はうかがえなかった。だが、彼のまとう空気から濃い暴力匂いがあふれ出し、場を支配していくのがわかる。 「リムレス……仙人さんでしたっけ? あなたはまさか六機に漫画をやめさせようとしているんですか? 何の権限があって?」 「いや、別にそこまでは……」 「あなたの絵も拝見しましたけど僕の心はぴくりとも動かなかった。これから生まれるかもしれない僕を心から感動させる〝六機〟の作品以上のものを、あなたは作り出せるとでも? Huh? Are you kidding me?」  唇を震わせたリムレス仙人が一歩後退りした。かまわずマナブは距離を詰める。 「確かにあなたにもファンがいるんでしょう。〝神〟とか呼ばれてたんだって? そんな風に祀り上げられたら、愚かにも全能の力を手に入れたと思い込むんでしょうね」  リムレス仙人の顔がかっと赤く染まった。やばいと思って止めようとマナブの腕を引くが、逆に腰を引き寄せられた。 「勘違いしないで、あなたを否定してはいませんよ。これからもどうぞ好きに続ければいい。でも六機になにかしようとしたら彼のファンである僕が容赦しない。僕には六機以外は無意味なんです。価値がないんですよ。心から好きだと思える作品に出会えることは奇跡だと思いませんか? 心を大きく揺り動かされて時には人生すらも変えてしまう――そんな存在を、ファンでいようと思える作家を見つけ出せたことは、まぎれもなく運命なんです。だから、僕は彼を守ります」  ぐっとマナブの手に力が込められて、ほとんど抱きしめられているような恰好になる。弘樹は慌てて彼の腕から抜け出そうともがいた。 「だ、だからって盗作は!」  はたから見ていてかわいそうになるほど顔を赤く染め、くい下がるリムレス仙人にとどめを刺すように、マナブは言った。 「六機は盗作なんてしてない。ああ、ここにいる人たちに証人になってもらいましょう。あの作品は最初から彼に描いて欲しくてSNSにアップロードした、間違いありません。あなたもあのコメントを削除しておいてくださいね? だって、僕がマナブなんですから」 「君が……?」  その名を聞いたとたん、ぽかんと虚を突かれた表情でリムレス仙人がマナブを見た。 「そうですよ。僕が、パクられたって言われている〝マナブ〟本人です」  リムレス仙人の目をしっかりと見返しながら、誰もが見ほれる俳優のような顔でマナブは悠然と微笑んだ。 「マナブ? だって……きみがマナブだったら……なんで……」  呆然として何かをつぶやくリムレス仙人を尻目に、「もう行こう」とマナブは弘樹の手を引く。あっけにとられてふたりを見送っていた実行委員のゆうみが、なぜか感極まったように手を叩き始め、しまいには二人は客たちに拍手をされながら会場を後にすることになった。  なんだ? なんなんだこれ。  会場を出た所で、たまらず弘樹はしゃがみこんだ。
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