Wherever you are,whoever you are.

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 深夜二時。ベッドの上に豪快に大の字になって寝ている弘樹を見下ろして、マナブはそっと彼の髪をすく。  さっき激しく愛し合ったから疲れてしまったのだろう、ぐっすりと寝ている。むき出しの肩に赤くキスマークが残っているのに満足して微笑み、それから後ろ髪を引かれながら寝室を後にした。  キッチンで湯を沸かしコーヒーを入れる。それから自作したハイスペックマシンの前に座って、ちょうど今、朝を迎えているサンフランシスコとのミーティングに備える。  マナブの仕事はフリーのセキュリティエンジニアだ。ホワイトハッカーとも呼ばれたりする。母国アメリカのエージェントと契約して、依頼された企業のネットワークシステムを評価したりITセキュリティについて講義したり、時々は国際的な悪質クラッカーとの攻防戦に参加したりして生計を立てている。  拠点は支社もある日本に置いている。一週間程度の出張ならするが長期間拘束されるプロジェクトはどんなに報酬が良くても受けない。しばしば昼夜が逆転することもあって、友達にはなぜアメリカで暮らさないのかといまだに言われる。いくらネットワークでつながっていようともビッグ・テックと呼ばれるITの主要企業はアメリカにある、日本にはチャンスは無いと。確かに社会的意義があるこの仕事にやりがいを感じているし楽しんでいるが、もっと最先端の環境で大きな仕事がしたいとも思う。だがマナブにとっての生きる価値はそこにはない。  約十年前のあの蒸し暑い夏の日、しぶしぶ母親の住む日本を訪れて彼と出会ったことが、マナブの人生を決めた。  今、あの頃夢見ていた未来が実現している。  マナブは心から幸せだった。  弘樹と出会ったのは、巨大なコミックマーケットに行った時に偶然見つけた、小さなイベント会場だった。    日本語のできないマナブだったがアニメは好きで、小さな頃から字幕付きの日本の作品を良く見ていた。  父親がアメリカ人で母親が日本人。十歳の頃に両親は離婚し、母親は日本に帰国。引っ越した先の父親の実家はアメリカの片田舎で、都会に出るには何時間もドライブするか飛行機に乗らなければならない。そこではアジア人は少数派で学校にも数人。最初から珍獣扱いで、何もしていなくても自動的にからかいの対象になる、そんな窮屈な田舎町だった。  つまらない学校生活の中で唯一、日本のアニメだけがマナブをなぐさめてくれた。自分と同じ髪色の主人公が悪者を倒して強くなっていく姿に憧れて、あっという間にのめり込んだ。そうして、くさりながらもりっぱなオタク高校生になったある日、父親がガールフレンドとバカンスを過ごすのに邪魔だからと、行ったこともない母親の住む日本に行かされることになった。
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