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 昼間は九時六時で働き、最寄り駅まで電車で一時間半、速攻で帰って残りの時間は漫画を描くこととSNSに費やす。二次創作のかたわら、自分でキャラクターもシナリオも考えたオリジナルの漫画も描き始めたので、どうしても五時間くらいはやらないと更新する分が仕上がらない。寝る時間は三、四時間しかない毎日で、食事も身だしなみも後回し、慢性の寝不足だ。だから会社でもつい居眠りしてしまう。  そんな弘樹のことを他の社員がどう言っているかは薄々知っている。でも、自分に大切なのは何より作品を作る時間とSNS上のフォロワーだ。そのためなら、何と言われようと気にはならなかった。  時計が十二時を指した瞬間、弘樹は席を立つ。 「昼、いってきます……」  声が小さすぎるからかあきれられているのか、いってらっしゃいと返してくれる声は無い。だが弘樹は気にせず一目散に出口に向かった。今日のランチにどうしても行きたい店があったからだ。  せかせかと足を運びながらスマホで道順を確認する。片道二十分弱か、写真さえ撮れれば最悪食べきれなくてもしょうがない。店に到着すると幸いなことに行列は出来ていなくてほっとした。のれんをくぐると同時に「カツカレー」と注文し、空いていた席に落ち着く。うっすら汗で濡れていた額をおしぼりで拭って、やっと人心地ついた。  ありがたいことにさほど時間がかからず出てきたカレーにさっそくスマホを向ける。店の人に断って、近くから遠くから角度を変えて何枚も写真を撮った。画面で確認して満足してから、ようやくスプーンを取って口に運ぶ。 「んー……うまいなコレ」  何が入っているかわからないが、サラサラで黒っぽいルーは辛さの奥になんとなく甘さも感じる。カツも分厚くてレベルが高い。まだテレビの情報番組なんかでは取り上げられていないSNSで極地的に流行りはじめたばかりの店だ。これから話題になると弘樹はふんでいる。  ファンを増やすためにもっとコメントのやり取りを頑張ろうと思っていた弘樹だったが、いざとなると投稿するネタに困った。  仕事の愚痴や創作の悩みならいくらでも書けたがそれだけでは気が滅入るし暗すぎる。アニメの感想や考察はお手の物だが、他の作家と変わらない。むしろしつこいくらいに長文を書いてしまうので自粛していた。〝リムレス仙人〟の言うことももっともだが、もうちょっと、身近だけどお洒落で少しだけうらやましい、そんなふうに自分を良く見せられる何かが必要だ。見栄も張ってみたかった。
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