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思いついたのが、ちょっといいランチを食べに行ってその写真を投稿することだった。
それなら会社の休み時間に行けるし負担にならない。本当は昼なんて腹に入ればなんでもよかった。これまでは牛丼とうどんとラーメンをローテーションしていたくらいだ。作品づくりの他に時間が削られるのは嫌だがしょうがない。雑誌や検索で情報収集して、色々な店に足をのばしてみることにした。
アップした写真の評判は上々だった。狙い通り、言われたこともない『お洒落』とか『センスいい』とか『参考にする』とか、そんなコメントをもらえるようになった。ランチ代は二倍どころか三倍に増えて懐が痛いのだが、無理をしてでもコメントで褒められるのはうれしい。やりがいがある。
食べ終えて店を出た弘樹は、店の外観を撮影してからさっそくスマホで投稿する。
「『お店混んでなくてラッキー。ボリュームあるのに薬膳カレーで健康になれるそうで罪悪感もなし。大満足でした』っと」
尻ポケットにスマホをしまって、ぽっこり出てしまった腹をさする。少し食べ過ぎたかもしれない。運動をまったくしないせいか色白でひょろっとしていて虚弱体質ぎみの弘樹は、油ものでよく胃もたれするのだ。
昼休みの残り時間は二十分、ぎりぎりだ。ゆっくりしている時間はない。またせかせかと歩きだした弘樹の尻でスマホが震えて通知を知らせる。さっきの投稿にコメントがついたのかもしれない。取り出して何気なく確認した弘樹の足が止まった。
それはいつもの、〝マナブ〟からだった。
『その店、偶然ですね、僕もさっきまでランチしていました。会っていたのかな?』
ぞっとした。
振り返った弘樹は、きょろきょろと周囲を確認せずにいられなかった。自分を見ている人間がいないか探す。スマホを持っている人間が怪しい動きをしていないか見回す。しかしそこにはいつもと変わらない混雑したオフィス街のランチタイムの風景があるだけだ。
「……まさかね」
つぶやいて、小走りで会社に急いだ。
同じ店にいたとしてもわかるはずがない。お互いの顔など知らないはずなんだから。
だけど嫌な感覚は消えなかった。もしこのコメントが違うフォロワーからだったら、ドキッとはするがこんなに不気味な気持ちにならなかった。
〝マナブ〟は、弘樹がSNSをはじめた瞬間から追いかけてくれているフォロワーだ。はじめてから七年近くになるが、これまで彼が弘樹の投稿に反応しないことは無かった。しかも返信は五分と空かない。
普通そんなことができるのか?
薄々気味悪さは感じていたのだ。漫画やイラストの投稿は夜決まった時間にしているとして、今みたいにたまに日常のことを投稿する時間は規則的ではなかった。ランチの投稿だって昼休みだけでなく、こっそり業務中に上げたりもしていた。それなのにいつだってすぐコメントが返ってくる。まるで監視されているみたいに……。
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