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そんな褒め言葉など言われ慣れていない生方にとっては、どうリアクションを返したらいいものか困るだけだ。
(どうも、安住の件からずっと受難が続くな)
馬鹿にするなと憤ればいいのか、嬉しいと言って笑顔になればいいのか。
このクソ暑い中、三つ揃いのスーツなど着て涼しい顔をしていた安住を思い出し、生方は苦々しい気分になった。
そんな、顔を顰めたところを目の当たりにした庄司は、生方の機嫌を損ねたかと思ったか、叱られた犬のように肩を落とした。
「あ、怒っちゃいましたか」
「ん?」
「すいません。なんか生方さんって、つい気安くて――」
そこで生方は、自分のリアクションが誤解された事を悟った。
「違うんだ! 別に、庄司のセリフに怒ったワケじゃない。ただ、頭の痛い現状を思い出してしまっただけだ。気にするな」
「頭の痛い現状?」
そのセリフに興味を持ったらしい庄司は、グイッと前のめりになる。
「何か頭の痛い事でもありましたか、生方さん?」
「う……ん」
さて、どう言えばいいのか。
正直言って、昨日から続く混乱をどうにかして終息させたいと思っていた生方は、思い切って目の前にいる庄司を利用してみるかと考え付いた。
「……オレのマンションは直ぐ近くなんだが、ちょっと寄ってみないか?」
「え? ご招待してくれるんですか!?」
「ああ。忙しいなら今でなくていいが」
「大丈夫ですよ。今日はこのあと外回りの予定もないし、正午までに戻ればいいだけですから」
ニコニコ笑顔で請け負う庄司に心の中で手を合わせながら、生方は策を練る。
(部下を連れてマンションへ戻ったら、さすがのあいつも居づらくなってさっさと帰るに違いない)
留守番をしているであろう安住の顔を思い浮かべ、生方はほくそ笑んだ。
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