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   ◇  生方の自宅マンション周辺には、高級レストランから立ち食い蕎麦屋まで色々な飲食店が建ち並んでいる。  しかしまだ時間も早いので、レストランは開店前のようだ。 (だからといって、蕎麦という気分でもないし。今はコーヒーでも飲んでスッキリしたいところだな。鍵の交換も今日中に業者に頼まなければ)  生方は二日酔いからくる頭痛に顔をしかめながら、普段から時々利用しているコーヒーショップ『金糸雀(カナリア)』を訪れた。  カラランと鳴るドアベル音に、顔見知りのマスターが「ああ生方さん、いらっしゃい」と、気さくに声を掛けて来る。 「今日は珍しい時間に来ましたね」  平日の10時だ。  普通のサラリーマンは、今頃会社だろう。  生方は勝手知ったる様子でテーブル席に腰を下ろしながら、「遅い夏休みなんですよ」とマスターへ告げる。 「他の役員と被らないように調整したんで、こんな中途半端な時期に休みが回って来たんです。あ、トーストセットのモーニングお願いします。卵はスクランブルで」 「はいよ~」  マスターの元気な応答に、生方はようやくホッと息を吐いた。  そうして、近くに設置されているブックラックに手を伸ばし、そこに挟んでいた新聞を拾い上げようとする。  すると、聞き覚えのある声が耳に飛び込んで来た。 「あれ? 生方さんじゃないですか。確か、夏休みに入りましたよね? もしかして家、近いんですか?」  声を掛けて来た相手は、生方の部下である庄司(しょうじ)清見(きよみ)であった。  庄司は元銀行員で、かつて大西不動産へ出向した際に、直接社長がヘッドハントした有能な男である。  そして未だに古巣の銀行に太いパイプがあるので、何かと役に立つ男であった。 「庄司は仕事か? こんな所で会うなんて偶然だな」
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