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安住は盛大な誤解をしながら、氷のような視線を庄司へ注ぐ。
だが相手はそれを全く意に介さぬように、邪気の無いニコニコ笑顔で応戦する。
「安住部長、昨日も本社に呼び出されていたらしいですね」
「ああ、それが何か?」
「休暇のはずなのに、丸々半日もトラブル対応に当たったから、今日は疲れが残っているんじゃないですか? さ、無理しないで自宅で休んで下さいよ」
そのセリフから、暗に『とっとと帰れ』というニュアンスを敏感に感じ取り、安住はますます険しい表情になる。
(人畜無害そうな顔をしておいて、こいつはとんでもない野郎だな!)
酔い潰れた生方は「しょうちゃん、しょうちゃん」と言いながら、ポロポロと涙をこぼしていた。
それがあまりに幼い少年のような儚さだったので、安住は声を掛ける事も出来ずにただ見守る事しか出来なかった程だ。
生方をあれだけ悲しませておきながら、庄司の何と面の皮の厚いことか!
(こいつは、生方を泣かせた自覚が無いのか? 生方も生方だ! 別れた男に絆されて、のこのこ自宅に上げるなど以ての外ではないか!)
そう、安住の頭の中では、勝手なストーリーが出来上がっていた。
“生方の部下である庄司が、下剋上で、上司である筈の生方の身体も心も支配し。”
“生方が純情な性格であることをいい事に、好き勝手にもてあそんで翻弄している。”
(これ以上、生方を悲しませる事は許さんぞ!!)
安住は鬼畜を見るような眼差しで、庄司を睨みつける。
「オレは全く疲れていないから、帰るつもりはない。帰るのは君の方だ」
「? はぁ……」
庄司は困惑したように、生方をチラリと見遣る。
普通、家主と部下にこれだけ促されたら帰るのが当たり前だ。
なのに、安住は居座るつもりのようだ。
「――ええと、どうします?」
だが、問われた生方も、この事態には困惑するしかない。
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