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だが、幾ら何でもこの仕打ちは無いだろうと思う。
今日は、生方の誕生日だ。
いよいよ四十に突入する事を記念して、お祝いしたいと誘って来たのは金野だった。
普段は居酒屋なのに、今日に限って『ちょっと気取ったフレンチレストランを予約したから』と言われた時は、なにやら金野は、サプライズを用意しているのだなと察知した生方である。
もしかしたら、互いのマンションを行き来するのも面倒だし、お互いにいい歳になるし、そろそろ同居してみないかと――そんな事を言われるのではないだろうかと、生方はかなりドキドキしていた。
冷静沈着、鉄面皮、アイスマン。
皆からはそんな言葉で評されている生方だが、外見と中身は違う。
内心では金野のサプライズに期待して、スキップをしたくなるくらいに心は踊っていた。
フレンチのコースを無言で消化している時も、そのサプライズはいつなんだろうと、気になって味もわからなかった。
やがてデザートが終り、コーヒーが運ばれてきたタイミングの最後の最後に、全くヤツは最悪のサプライズをしてくれた。
(ひどいよ、しょうちゃん……)
金野大将だから、しょうちゃん。
それは、二人だけの時に、生方だけに許された呼び名だった。
今まで何万回、生方はその名を呼んだ事か。
(そういえば、しょうちゃんも昔はオレの事を『りんちゃん』って呼んでたけど、いつからか生方呼びになってたな)
寂しかったけど、前みたいにりんちゃんと言ってほしいなんて言い出せなかった。
だって、それこそいい歳なんだし。
そんな遠慮がどんどん積み重なって、いつしか生方は本音を口に出せなくなっていた。
そんな事を繰り返しているうちに、金野の気持ちは完全に違う方へと行っていたのか?
「オレがもっと早く、本気でしょうちゃんが好きなんだって言っていたら……結果は違ったのかな」
苦い言葉を溢すと、生方はフラフラと立ち上がった。
とにかく今は、このレストランから出て独りになりたい。
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