102.コイツに謝れ!

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 あたしだって、破れかぶれのこんな攻撃がうまくいくだなんて思ってない。せめて一矢を報いることができればと思っただけだ。というか、肉体的な攻撃力でこの男にかなわないことなんか、初めから予測済みだった。予測済みだったからこそ、人目のない場所で二人きりなる状況を絶対に避けようと思ったんだ。そして、その予測どおり、あたしの攻撃は軽々といなされて、一矢を報いることすらできずに終わった。予測済みだったとはいえ、あまりにも無力な自分が情けなかった。  そして、こうなった以上、シバサキヤスヒロの体に相当の傷がつくのは必定だ。攻撃の痛みを引き受けてやれるとはいえ、無意味な上に危険すぎる行動をとってしまったことが、いまさらながらに悔やまれてならなかった。 ――ゴメン、クマるん。  心の中で手を合わせつつ、右手のクマるんにそっと力をこめた時、クマるんが微かに動いたような気がしてドキッとした。でもすぐに、何かにすがりたくてそんな気がしただけだと思いなおす。こんな限界状況下で彼が意識を保っていることはあり得ないし、だいたい、すがるって何? 全部自分がまいた種で、自分でケリをつけるのが筋なのに。情けない。アホか。  鬼畜野郎は指輪の箱をポケットか何かにしまうと、そんなあたしの襟首を乱暴につかみ上げて、自分の方に顔を向けさせた。 「大目に見てりゃ、つけあがりやがって……なめてんじゃねえぞ、クソガキが」  鬼畜野郎は、憤怒の形相であたしをにらみ据えた。こめかみの血管は浮き上がり、血走った目はつり上がり、全ての抵抗が無駄に思えるほどの凄まじい殺気を全身にみなぎらせながら、右手の拳を高々と振り上げ、全ての怒りをその拳に込める。改めて、こんなヤツをここまで怒らせた自分の無謀さにあきれつつ、あたしも覚悟を決めて歯を食いしばった。  鬼畜野郎の拳が、うなりをあげて空を切る。  限界をこえた恐怖に、心臓が喉元までせりあがり、全身が凍り付いて、回避しようにも体は一分も動かない。固く目をつむり、呼吸を止めて、襲い来る衝撃を従順に待ち受ける以外、あたしにはもう為す術はなかった。
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