102.コイツに謝れ!

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 鬼畜野郎は獣の咆哮(ほうこう)のごとく叫ぶと、あたしをしっくいの壁にたたきつけた。後頭部の激痛に呼吸が止まり、思わず言葉を飲みこみかけるも、怒りの奔流が弱気を押し流した。あたしの口元には、その時、不敵な笑みさえ浮かんでいたかもしれない。 「だってさ、似てるから悪いとか、意味わかんなすぎじゃね? 親子なら似てるのが当前だし、お母さんが過去にとらわれてたってんなら、それは単に過去を忘れさせてやれなかったあんたの責任だろ。無理筋のこじつけで責任転嫁されても迷惑っつーか雑過ぎで草。お母さんが死んだのも、あんたに心を開かなかったのも、なにもかも全部あんた自身の責任であって、コイツの責任なんか何ひとつない。どころか、あんたのせいでコイツは訳の分からないトラウマ植え付けられて、そのせいで今までずっとつらい思いをさせられてきたんだよ? 悪いのはおまえの方だ! おまえの方こそ、土下座してコイツに謝れ!」  最後の言葉を叫んだ、瞬間。  鬼畜野郎につかまれていた前髪が、いきなり全力で下方に引かれた。  ハッとする間もなく視界が流れ、額と地面が激突する。薄暗い玄関に鈍い音が響き、外れかけていたメガネは衝撃でどこかへすっ飛んだ。  激突の衝撃で、寸刻意識が飛んだ。激痛に引き戻されて薄目をあけると、ぼやけて霞んだ視界に、無造作に散らばっているアクセサリーやクマるん補修用の毛糸、置かれていたビニールテープやはさみなどの梱包(こんぽう)道具がうつりこんだ。 「……いい度胸してんじゃねえか」  押し殺した声音とともに、玄関扉が閉まる音が響く。荷物が放り出される重い音が響き、上がり(かまち)に置かれていた安っぽいアクセサリーや指輪などの細かな雑貨が、荷物に弾かれて飛び散った。  見上げると、鬼畜野郎は血走った目であたしを見下ろしていた。その全身から放射される、むき出しの殺意、殺気。心臓を刺し貫かれるような心地がして、思わず全身が凍り付く。  その時。ふと視界の端に、何かがうつりこんだ。  先ほどの衝撃で玄関中に散らばったアクセサリーとともに、少しだけ離れた場所に転がっている、小さな四角い、箱のようなもの。
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