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老人は黙って粘つく視線を上下に動かしていたが、やがて、皮の下にある骨の形がはっきりと分かるほど痩せこけたその手を、あたしの眼前にぬっと突き出してきた。
「銭」
ゼニ?
「お金、ですか」
面倒くさそうに萎びた首をギコギコと上下させる。慌てて制服のポケットを探る。
堅く冷たい手触りのそれらを取りだして見てみると、三十二円だった。
……三十二円?
『三十二円のお返しです。ありがとうございました』
セピア色にくすんだ自動扉を抜けて通りに出、鍵を外して自転車にまたがったとたん、目の前の信号が点滅し始めた。
渡ろう。
ペダルを踏み込み、白とグレーのしましまに前輪がさしかかった、瞬間。
よどんだ空気を引き裂くように鼓膜を襲う、甲高い摩擦音。
「ほれ」
その声にはっと顔を上げると、視界にひらひら踊る干からびた手が映った。慌てて三十二円をその干し芋みたいな手のひらに載せる。
「ふん」
老人は硬貨を一つ一つ骨張った指でつまみ上げ、ひっくり返して確かめてから、顎をしゃくってみせる。
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