11 近衛兵団第4師団師団長セシル

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11 近衛兵団第4師団師団長セシル

 施設正面では、モハンが指揮する連合小隊と施設の中にいた隊員が合流して、セシル率いる近衛兵団第4師団と戦闘状態になっていた。  兵士長のビハーンが倒された第4師団は統制が崩れていたのに対し、第3隊は、モハンの指揮の下、あっという間に三角の陣形を組んでいた。  そして、岩にくさびを打ち込むように、第4師団の中央に攻め込むと、次々と近衛兵を倒して優勢に戦っていた。 「近衛兵の陣形が崩れているっ!このまま押して行こう!」  三角の陣形の後方真ん中にいるモハンが号令をかけた。  その直後、第3隊の陣形の後方が乱れた。 「どうした?後方の陣形が乱れている。  大丈夫か?」  モハンはすぐに異変に気づいた。 「敵の弓矢隊ですっ!」  陣形の端にいる隊員が叫んだ。 「施設の側面にいた弓矢隊か。端の隊員は盾を構えろっ!  こちらも弓で応戦するっ!弓矢隊は後方に移動っ!」  モハンは、すぐに弓矢隊を移動させると、盾を構えた隊列の後ろに弓矢隊を配置した。 「よしっ。盾の防護隊と弓矢隊は敵の攻撃を防ぎながら、接近して射撃だっ!  他の隊員は陣形を保ったまま攻撃続行っ!」 「了解っ!」  隊員たちは口々に叫んで士気を高めた。  ラーマの麒麟第3隊の防護隊は、盾を構えて近衛兵の放つ矢を防ぎながら、近衛兵の方にゆっくりと前進した。その後に続く弓矢隊は、防護隊の肩越しから狙いを定めて、次々と矢を射った。  近衛兵団第4師団の弓矢隊は、第3隊の予想以上に早い反撃に戸惑っていた。  気が付くと、第3隊の防護隊と弓矢隊の攻守に押されて、矢を受けながら後退せざるを得なかった。 「ぎゃっ!」  じりじりと後退していた第4師団の弓矢隊のうちの1人が、第3隊の弓矢隊の攻撃を受けた訳でもないのに、突然悲鳴を上げて倒れ込んだ。 「う、後ろかっ?」  倒れ込んだ兵士の周りにいた他の兵士が後ろを振り返った。  そこには、『真達羅朱雀』を構えているアシュウィンが立っていた。  アシュウィンは、感情を押し殺したように、表情一つ変えなかった。  アシュウィンが全身から放つ闘気に気おされて、第4師団の近衛兵は潮が引くようにアシュウィンから離れた。  モハンは、アシュウィンの姿を目にすると、隊列を離れてアシュウィンに近づいた。 「アシュウィン?  君が手にしている剣は隊長の『真達羅朱雀』じゃないか?  マナサ隊長はどうした?  一体どうなっているんだ?  分かるように説明しろっ!」 「モハン小隊長。詳しいことは後程説明します。  私は敵の師団長を倒しに来ました。何も言わずに行かせてください。」  アシュウィンはあくまで冷静だった。 「何を勝手なことを言っているんだ。  待機命令が出ているだろ?命令違反は許さんっ!  戦場では他の隊員を危険にさらす可能性だってあるんだぞ。」 「はい。その点は理解しています。  私の行動は隊長の許可を得ています。そして、この隊長の剣を帯刀することも許可を得ています。」 「君は一体何者なんだ?」 「ラーマの麒麟第3隊の新入隊員です。  失礼します。」  アシュウィンは、みぞおちに右手の拳を当ててモハンに敬礼すると、その場を離れた。  モハンは、それ以上何も言えなくなって、アシュウィンを見送るしかなかった。 ◇  同時刻  第3隊副長のイシャンは脱兎のごとくカマルの元に急いだ。  視界の先には両膝を地面に付けているカマルの後ろ姿があった。  そして、その向こう側には近衛兵団第4師団師団長のセシルが鞭を構えていた。 「カマルッ!」  イシャンはカマルに叫んだ。  叫ぶことでカマルの無事を確認したかった。  カマルの耳にイシャンの声が届いていたが、カマルにはイシャンの方を振り返る余裕は無かった。  振り返った瞬間、セシルにとどめを刺される気がしてならなかった。  レザースーツの胸元を開いて、豊満な胸の谷間をあらわにしているセシルは、そんなカマルの反応を楽しむように微笑んでいた。 「あら、お友達がやって来たんじゃない?  独りじゃ寂しいでしょ?一緒に死んでくれる仲間がいて良かったわね。」  セシルはそう言って、愛鞭の『無双紅蛇』を2、3回軽く振って命を吹き込むと、カマルめがけて、横投げのように『無双紅蛇』を素早く振った。  『無双紅蛇』は蛇のように鎌首をもたげると、カマルの首筋めがけて襲いかかった。  カマルが避ける間もなく、『無双紅蛇』はカマルの太い首に巻き付いた。 「くっ!」  カマルは、頸動脈と気道を閉められたせいで、みるみる顔が青ざめて失神しかけていた。  セシルは、その光景を凝視していると全身に快感が駆け巡って、思わず「ああっ!」と喘ぎ声を漏らした。 「カマルッ!今助けるっ!」  イシャンは剣を振り上げてセシルの鞭を断ち切ろうとした。 「いい所なのに、邪魔するんじゃないよっ!」  セシルは『無双紅蛇』を勢いよく手前に引いた。  すると、『無双紅蛇』が巻き付いていたカマルの首が「ゴキッ」と、こもった音を立てて、頚椎が砕け散った。 「ゔっ!」  カマルは、短く断末魔の声を漏らすと、その場に崩れ落ちて息絶えた。 「カマル……」  イシャンは凍り付いたようにその場に立ち尽くして呆然とした。 「お前が悪いんだよ。私の邪魔をするから。  もう少し、生き延びていたものを……」  セシルは、『無双紅蛇』をカマルの首から解くと、地面を打ち付けた。  その衝撃で地面からは砂煙が上がり、大きな穴が開いていた。  イシャンはカマルを失った怒りと悲しみで全身の震えが止まらなかった。 「私はラーマの麒麟第3隊副長のイシャンだ。この場でカマルの仇を取らせてもらう。」  イシャンは、冷静になるように自分に言い聞かせて、剣を下段に構えた。 「マナサの犬だね?  私の楽しみを奪った代償は大きいのよ。お前があいつの身代わりになりなさい。」  セシルは両手で『無双紅蛇』を構えると、イシャンの頭の先から足の先まで舐めるように見回した。  イシャンはセシルの挑発的な態度にイラつきかけたが、すぐに冷静さを取り戻した。  あんなにふざけているように見えるのに隙が見当たらない。  さすがに近衛兵団の師団長ってとこか……  あの鞭がどこから飛んでくるのか、予測がつかない。  動くべきか、待つべきか……  セシルは、動かないイシャンを見て、ニヤリと笑った。 「どうした。思案中か?動かないのか?  と言うより、動けないのだろう。  私の攻撃が読めないからと言って、自分を恥じることはない。  読める人間なんて、誰一人いないからな。」  見透かされているのか……思案するだけ無駄ってことか。 「ふーっ……」  イシャンは息を吐いて呼吸を整えると、剣を上段に構え直した。  最初の一撃にしかチャンスは無さそうだ。一撃必殺だ。  イシャンが右足を一歩踏み出すと同時に、『無双紅蛇』が右足首に巻き付いてきた。  まるで、イシャンの動作を予測していたようだった。  何っ!?  考える間もなく、右足を引っ張られてバランスを崩した。  イシャンが態勢をたて直そうとした瞬間、両腕に激痛が走った。 「ううっ……」  『無双紅蛇』はイシャンの両方の二の腕の筋肉をいとも簡単に引き裂いていた。  イシャンの両腕は傷口からの流血で見る見るうちに真っ赤に染まっていった。  その流血は両手から剣に伝わって、剣の切っ先からぽたぽたと滴り落ちて、地面を赤黒く染めていた。 「そんな深い傷を負っても剣を落とさないとは見上げたものだわ。副長を名乗るだけのことはあるのね。」  セシルは徐々に興奮してきた。 「さあ、次はどうする?早く考えなさい。時間が無いよ。」  セシルは再び『無双紅蛇』を構えた。  イシャンは肉体的にも精神的にも追い詰められていた。  くそっ……  剣を握っているだけで精一杯だ。  しかし、このままでは終われん。カマルに申し訳が立たない。  イシャンはカマルの亡骸に目を落とした。  セシルは私の出方を読めるらしい。先にセシルが動いた時が勝負だ。 「時間切れよ。」  セシルはそう言うと、『無双紅蛇』をイシャンの太腿に向けて振り込んだ。  『無双紅蛇』は正確無比にイシャンの太腿に迫った。  読み通りだっ!  イシャンは心の中で叫んだ。  セシルの性格からして、私をもっといたぶってから止めを刺す気だ。  であれば、狙いは私の大腿のはず。カマルも大腿部を切られていた。  イシャンは右足で剣の刀身を素早く蹴り上げた。  その反動の威力を借りて、力の入らない両腕に加勢させた。そして、上段に剣を振りかぶったような形になったイシャンは、渾身の力を込めて、『無双紅蛇』めがけて剣を振り下ろした。 「うおぉーっ!」  剣は見事に『無双紅蛇』をなぎ払った。  払われた『無双紅蛇』は地面に叩きつけられた。 「おっ!そうでなくちゃ。最後まであきらめないで戦い抜く。剣士の生き様。」  セシルは興奮して顔が紅潮していた。 「でも、次の一手は無さそうね。しょうがないけど、お前にも苦しみを与えてあげる。」  セシルは『無双紅蛇』をイシャンの首元に打ち込んだ。 ◇  アシュウィンが施設正面奥のセシルが陣を張っていた所にたどり着くと、黒のレザースーツで全身を覆ったセシルが鞭を握っていた。  その鞭の先には、口から泡を吹いているイシャンの首が繋がっていた。  あれは副長……  何てことをしているんだ……  イシャンの傍らにはカマルが倒れていて、ピクリとも動かなかった。  冷静さを保とうとしていたアシュウィンだったが、目を覆いたくなる光景に一気に怒りが込み上げてきた。 「これが王を守る近衛兵の姿かっ?ふざけるなっ!  バキラヤソバカッ!!」  アシュウィンは、マントラを唱えると、黄色に輝いた両手をセシルに向けた。 「何っ?マントラだと?」  見知らぬ青年の隊員が突然現れてマントラを唱えたために、セシルには結界を張るマントラを唱える時間が無かった。 「くっ、間に合わないっ!」  セシルの身体は後方に4、5メートル程飛ばされたが、転がりながら受け身を取ってマントラの力を分散させた。  セシルは、素早く立ち上がって態勢を直すと、左手の人差し指と中指を立てて印を結び、「オンキリキリバサラバサリッ!」とマントラを唱えた。  その瞬間、紫色の光がセシルの全身を包み込んだ。  結界を張ったセシルは「ふっ」と安堵の吐息をついた。  あいつは誰だ?なぜマントラを使えるんだ?  まあ、いい。  久しぶりに燃えて来たよ。  セシルは『無双紅蛇』を握り直した。  アシュウィンは、体力の消耗を顧みず、再びセシルに向けてマントラを唱えた。 「バキラヤソバカッ!」  しかし、セシルは何事もなかったように高笑いしだした。 「あっはっはっ!効かないねぇ。今の私にマントラは通じないのよ、坊や。」 「くそっ!」  そうだった。あいつが使うのは、マナサと同じ無力化のマントラだった。  怒りで忘れていた。 「マントラは効かないよ。さあ、どうする?坊や。」 「坊や、坊や、言うんじゃねぇ!俺の名前はアシュウィンだっ!」  小馬鹿にしやがって、くそっ!  ……ダメだ。あいつのペースに乗ったらおしまいだ。冷静に、冷静に……  マントラが使えないなら、この剣で勝負するしかない。  アシュウィンは『真達羅朱雀』を鞘から抜いた。 「ん?その剣は坊やの剣なの?」  セシルは興味深く『真達羅朱雀』を凝視していた。 「そんなことはどうでもいい。今からお前をこの剣で倒すっ!」 「坊や、威勢がいいねぇ。好きよ、後先考えない無謀な青年は。」  セシルの身体は汗ばんできて、胸の谷間の汗が陽光に輝いていた。 「かかってらっしゃい。」  あの鞭の間合いに飛び込むとやられる……  かと言って、『真達羅朱雀』の間合いはあの鞭の間合いよりも圧倒的に短い。  どうする……  確か、マナサは『真達羅朱雀』があの鞭に適性があるって言っていた。  どういうことだ?  鞭のようにしなるっていっても、向こうは鞭そのものだしな。  俺には分からん。ちゃんと聞けばよかった。 「どうしたの、坊や?悩み事?」  セシルはアシュウィンの態度を見て楽しんでいた。  ああだ、こうだ、考えてみてもしようがない。先手必勝だ。  アシュウィンは『真達羅朱雀』を両手で握り、自分の顔の右側に構えた。  そして、両手を左右に揺らして、『真達羅朱雀』の刀身を左右にしならせ始めた。  よし、しならせて袈裟斬りを狙おう。  セシルはアシュウィンの持つ剣のしなり具合を確認した。  珍しい構えだな。八相の構えか?  あれだけしなる剣はこの世に二つと無い。切っ先も朱色。  間違いない。  あの剣は『真達羅朱雀』だ。  でも、なんであのアシュウィンとかいう坊やが持っているんだ。  マントラも使えるし……  一体何者なんだ?  剣の持ち主のマナサはどうした?  まさか、レヤンが倒したというのか?  いくら兵士長でもそう簡単にマナサを倒せまい。  でも……  まあ、坊やを倒せば、おのずと分かることだ。 「さあ、坊や。その剣の威力を見せて頂戴。」 「言われなくてもなっ!」  アシュウィンは無心になって、八相の構えのまま、地面を蹴って空中に跳んだ。 「上から?」  考えたわね。  鞭では狙いが定めづらい。  でも、私は並の兵士じゃないのよ。  セシルはアシュウィンの足元を狙って『無双紅蛇』を振り上げた。 「来たっ!」  アシュウィンは、飛んできた『無双紅蛇』をしならせた『真達羅朱雀』で受け止めた。  瞬間、剣と鞭は空中で絡み合うように交差した。  そして、しなった『真達羅朱雀』は、『無双紅蛇』を叩き落とすようにその軌道を変えた。  そのまま空中から降りてきたアシュウィンは、『真達羅朱雀』を上段に振りかぶると、セシルに向かって思いっ切り打ち下ろした。 「くっ!」  セシルは『無双紅蛇』の柄でアシュウィンの一撃を防いだ。  『真達羅朱雀』と『無双紅蛇』がぶつかり合った衝撃で四方に閃光が走った。  一撃をセシルに受け止められたアシュウィンは、後方に飛び退いて、間合いを取った。 「やるわね。私を本気にさせたみたいよ、坊や。」 「バキラヤソバカッ!」  アシュウィンは、『真達羅朱雀』を鞘に納めると、両手を広げて、もう一度マントラを唱えた。  ほぼ同時に、セシルも印を結んでマントラを唱えた。 「オンキリキリバサラバサリッ!  何度やっても同じことよ。」  アシュウィンのマントラは無力化された。 「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」  連続してマントラを唱えたせいで、体力を激しく消耗したアシュウィンだったが、納得したように軽くうなずいた。  ……やっぱ、そうか。  一度、印を解いてしまうと、結界も消えるんだ。  アシュウィンは、再び『真達羅朱雀』を右手に持つと、地面を蹴って空中に跳び上がった。  セシルは、アシュウィンを見上げると『無双紅蛇』を構えたが、今度は『無双紅蛇』を打ち込むことはしなかった。アシュウィンが仕掛けてくるのを待っていた。  アシュウィンが右手に持った『真達羅朱雀』を大きく後方に振り被ると、セシルは『無双紅蛇』を構えて受け身の態勢を取った。  よーしっ!読み通りだっ!  パワーは半減するかも知れんが、これしか思い付かんっ!  アシュウィンは飛び上がったまま左手を広げてマントラを唱えた。 「バキラヤソバカッ!」 「何っ?」  セシルは、マントラを唱える間も無く、後方に飛ばされた。  ドガッ!  セシルは巨大な立ち木に背中を強く打ち付けた。 「痛っ!考えたわね、クソガキ……  許さないわよっ!」  怒りで歯ぎしりしたセシルは、アシュウィンがマントラを唱える隙を与えないような速さで『無双紅蛇』を乱れ打った。  アシュウィンは、次々と飛んでくる『無双紅蛇』の波状攻撃を『真達羅朱雀』で防ぐのがやっとだった。  このしなる刀身じゃなきゃ、ここまで防ぐことは出来ないな。 「はぁ、はぁ……しぶといガキだね。」  息が荒くなって、セシルの手が止まった。  アシュウィンは致命傷になるような傷は負わなかったが、無数の切り傷や擦り傷を負っていた。  その時、『無双紅蛇』に首を絞められて、気を失っていたイシャンは、ようやく正気を取り戻した。  頭を数回振って意識を覚醒させると、おぼつかない足取りで立ち上がった。 「ぐはっ!」  イシャンは、両腕に負った裂傷の激痛に耐えかねて、思わず声を上げた。 「ア、アシュウィンか?……どうしてここに?」  傍らにいたアシュウィンを見つけると、喘ぎながら尋ねた。 「副長、大丈夫ですか?両腕に大怪我を……  ここは俺が引き受けます。退避してください。」  イシャンはアシュウィンの全身を見回した。 「何を言っているんだ。君の方こそ全身傷だらけじゃないか?  まさか、セシルと戦っているのか?  そうであれば、余計に君を置いて行ける訳が無い。」 「俺の傷は深くはありません。何ともありません。  副長、早く安全な所に……」 「ふっ、両手が使えない私は邪魔にしかならないな。  だからと言って、アシュウィンだけではセシルを倒すことは不可能だ。  援軍を呼ぼう。」 「援軍を呼んでも、死傷者が増えるだけです。  俺が何とかします。今、マントラを使えるのは俺だけなんです。  副長はカマルさんの遺体を頼みます。」  これ以上、仲間を失いたくない。失わせない。 「マントラを使えるのは俺だけって……  た、隊長はどうしたんだ?」 「隊長も裏門の戦闘で大怪我を負っています。」 「隊長も?隊長の容態はどうなんだ?重篤なのか?」  副長、自分の怪我のことを忘れている…… 「今、隊長の容態は安定していると思います。」 「そうか……良かった。  それで、裏門の戦況はどうなっている?」 「裏門も小隊全員で奪還しました。  副長、大丈夫です。心配無用です。とにかく、退避してください。」 「分かったよ、アシュウィン。」  イシャンはアシュウィンが手にしている『真達羅朱雀』に目を止めた。 「君の戦闘能力は詳しくは分からんが、隊長が『真達羅朱雀』を君に預けた事実だけで充分だな。  じゃあ、この場はアシュウィンに預ける。頼んだぞ。」  イシャンは笑顔を作った。 「副長、任せてください。」  アシュウィンは、両腕に力の入らないイシャンを支えた。 「ゴフッ!!」  突然、笑顔だったイシャンは奇声を発した。  アシュウィンとイシャンは、ゆっくりとイシャンの腹部に視線を落とした。  イシャンの腹部は槍のようになっていた『無双紅蛇』に貫かれていた。そして、『無双紅蛇』の先端からはイシャンの鮮血がしたたり落ちていた。 「あぁ……」  イシャンは力なく息を漏らすと、目と口を開いたまま、アシュウィンに倒れ掛かった。  アシュウィンはイシャンを反射的に抱きかかえたが、何が起きたのか、すぐには理解できなかった。というよりも、理解することを頭が拒絶した。 「副長、しっかりっ!」 「この私を無視してんじゃないよ。」  セシルはイシャンから『無双紅蛇』を引き抜いた。  イシャンは、腹部から『無双紅蛇』を引き抜かれた瞬間、目を見開いたかと思うと、そのまま全身の力が抜けたようにアシュウィンの両腕の間からすり抜けて地面に崩れ落ちた。  アシュウィンは、全身の筋肉が固まったように少しも動かず、イシャンが地面に崩れ落ちて行くのを助けることも出来なかった。  アシュウィンの心はパニック状態になったが、すぐに鎮静すると、それに代わって大きな怒りが込み上げて来た。  その怒りは、炎のごとく瞬く間に膨れ上がり、自分でもコントロールできない程に巨大に成長した。  理性を失ったアシュウィンは、天に向かって両手を広げると、地の底から湧き上がってくるような大声でマントラを叫んだ。 「バキラヤソバカッ!!!」  そうすると、アシュウィンの両手だけではなく、全身が黄金色に激しく発光し始めた。  その光は直視出来ないくらいにまばゆく光り輝いて、アシュウィンを包み込む光の球体のようになった。  セシルは、一体何が起きているのか理解できずに目を細めてアシュウィンを見つめていたが、はっと我に返って、アシュウィンから距離を取りながら、慌てて印を結んでマントラを唱えた。 「オンキリキリバサラバサリッ!」  セシルが結界を張った時、「ゴゴゴゴゴゥッ」と地鳴りのような轟音が辺りに鳴り響いて地面が振動した。  その振動がセシルにも足元から伝わってきた。  アシュウィンが天に向けていた両手を水平にすると、アシュウィンの足元を中心にして、振動とともに地割れを起こした。 「うおぉぉーーーっ!!」  アシュウィンが雄叫びを上げると、アシュウィンを包み込んでいた光の球体は爆発的に膨張した。  その光の球体は、膨張しつつ、周りの樹木や岩を次々と吹き飛ばして行った。  触れるもの全てを吹き飛ばしている光の球体だったが、不思議なことに、イシャンとカマルの遺体には何の影響もなかった。  セシルは、印を結んだまま腰をかがめると、体勢を低くして身構えた。  あんなマントラの能力、見たことがない。  生物に対する念動力じゃなかったの?  突然現れて、何者なのよ?  でも、私が張った結界には効かない。効くはずがないわ。  セシルは自分に言い聞かせた。  瞬く間に、光の球体は膨張しながらセシルに迫って来た。  アシュウィンが発した黄金色の光とセシルの紫色の結界が接触した瞬間、衝撃波が走り、爆発音が鳴り響いた。  ドォワーーーーーンンンンッ!  まるで地表に隕石でも衝突したかのような衝撃だった。  衝突したのと同時に熱風も吹き荒れた。  セシルの結界は、あっという間に雲散霧消してしまった。  セシルは、この予想外の事態に対処出来ずに、衝撃波をまともに受けて、数十メートルも吹き飛ばされた。  一体何が起きたの?  あの光の球はなんなのよ?  セシルの頭の中には疑問が渦巻いていた。  あっ!くそっ!ぶつかるっ!  飛ばされているセシルの視界に岩山が迫って来ていた。  セシルは、空中で懸命に体勢を整えると、岩山の手前にある茂みの中にもんどりうって着地した。  ただ、茂みといっても、立木や小岩があって、身体の至る所を打撲した。 「うっ!痛っ!」  その上、レザースーツが枝か何かに引っかかって裂けたせいで、セシルの白く透き通った豊満な胸があらわになった。  セシルは、苦痛に顔を歪めて立ち上がると、胸を隠そうともせずに叫んだ。 「アシュウィンとか言ったわね?  この借りは絶対に返すから、忘れるんじゃないよっ!」  ……甘く見ていたか。今日のところは、ひとまず撤退だ。  セシルは左腕で胸を隠しながら歩き始めた。
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