12 新たな旅立ちの時

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12 新たな旅立ちの時

 アシュウィンはその場に立ちすくんで、肩で息をしていた。 「はぁ、はぁ、はぁ……」  自分の周りにあったものは全て吹き飛んでいた。  足下の地面はえぐれたように窪んでいて、足下を中心にして地割れが放射状に伸びている。  記憶が曖昧だけど、俺がやったんだよな……?  セシルはどこに行ったんだ?  撤退したのか?  みんなは?  ……そうだ、副長とカマルさんは?  遺体を家族に返さないと……  アシュウィンは2人の遺体を確認していた。 「アシュウィン……  2人は本当に残念だった……」  台車付きの担架で運ばれてきたマナサが、目を赤く腫らしながら、アシュウィンの背中に声をかけた。  担架を押していたのは、マナサの怪我の手当てをしたシンだった。シンも目に涙を浮かべていた。 「マナサ……」  アシュウィンは振り返った。 「アシュウィン、傷の状態はどう?」 「大丈夫、浅い傷だから……  マナサは?」 「私も大丈夫。命を繋ぐことが出来たのは、アシュウィンたち、みんなのお陰。  ……ねえ、アシュウィン。  こんな状況で聞くのはどうかと思ったんだけど、確認しておきたくて。」 「何を?」 「セシルとの戦闘中に一体何をしたの?何が起きたの?  モハンは戦闘中に光る球体のようなものを目撃したと言っていたけど。」  マナサは、アシュウィンの周りのひび割れた地面や、樹木や岩が吹き飛んだ跡を見回しながら、驚きを隠せなかった。 「それが……よく覚えていないんだ。マントラを唱えたんだと思うけど。」 「でも、岩も吹き飛んでいる。生物に対する念動力じゃないみたい……」 「そうなんだ。俺が使った能力は一体何だったんだろう?」 「もしかすると、万物に対する念動力なのかもしれないわ。」 「万物に対する念動力?」 「そう。私はまだ見たことがないけど、万物に効果のある強力な念動力を発動できる能力の持ち主がいると聞いたことがあるわ。」 「俺は、ガキの頃から人を操ることは出来たけど、物を動かすことなんて出来なかった……」 「この戦いで何かがきっかけとなって、その能力が覚醒したのかも知れないわね。」 「……能力が覚醒したのかどうかは分からないけど、副長を救えなかった。  それにカマルさんも。タクシだってそうだ。  何の意味もない。」 「ううん、そんなことはないわ。  イシャンもカマルも精一杯戦った。自分の任務を全うした。  タクシも自分が出来ることをやり切った。  あなたもできる限りのことをした……でしょ?」 「セシルを倒せなかった。何一つ出来ていない。」 「そんなに簡単にセシルを倒すことなんて出来ないわ。  それに、すごく大きな犠牲を払ったけど、アシュウィンたち隊員が一丸となって戦ったからこそ、支部の隊員を救うことができたのよ。  私たちは今日のこの悲劇を決して忘れてはいけない。  犠牲になった隊員たちのことを決して忘れてはいけない。  犠牲になった隊員たちの遺志を継いで私たちは前に進む。後ろ向きにはならない。  それが亡くなった隊員たちへのはなむけ。」 「うん、そうだね、そうだよね。  ……そうだとは分かるんだけど、今日みたいな日は本当にきついよ。初めての経験だからさ。」 「アシュウィン……本当にそうね。戦闘の後は肉体もそうだけど、それ以上に精神的にきついわ。これに慣れることなんてないと思う。  一刻も早く、近衛兵団との争いに終止符を打たないと……」 「そうだね。  ……あっ、そうだ。忘れていた。  『真達羅朱雀』を返すよ。  この剣に何度も救われた。  不思議とマナサが一緒に戦ってくれていたような感覚だった。  素晴らしい剣だ。」 「ありがとう、アシュウィン。本当にお疲れさま。  でも、辛い時は遠慮なく言ってね。私がアシュウィンを入隊させたんだから。」 「大丈夫。全てを了解した上で入隊したんだ。  今はちょっとショックが大きいだけ。時間が解決してくれる。」  アシュウィンはマナサに笑顔で答えた。  そして、シンの肩に手を置いた。 「シン、ありがとう。ずっと、隊長に付いていてくれたんだな。」 「それが僕に出来ることだから。  でも、アシュウィンは凄いね。あんなに戦うことが出来るなんて。  僕たち新入隊員とは全然違う。」 「なに言ってんだ。シンの方がよっぽど凄いぞ。隊長を治療して守り抜いたんだからな。シンにしか出来ないことだ。」 「ありがとう、シン。」  マナサが改めてシンに礼を言うと、シンは照れたように、拳を胸に当てて敬礼した。  そんなシンの仕草を微笑ましく見上げていたマナサは、ふと、夕日に染まったアシュウィンの顔に視線を移すと、何か違和感を覚えた。 「?  アシュウィン、何か印象が違うみたい……」 「えっ?何が?」 「何だろう?……  ……あっ、左の瞳の色がグリーンに見えるわ。」 「へっ?光の加減かな?」 「でも、グリーンのままよ……」 「本当に?どうしちまったんだろう、俺。」  アシュウィンは左目を手の甲で拭った。 ◇  支部施設奪還戦の後、マナサは怪我を押して第3隊隊員の前に立っていた。 「……今日は苦難に満ちた戦いだった。  多くの掛け替えのない仲間を失った。  だが、我々は、仲間の冥福を祈りつつも、前に進み続けなければならない。近衛兵団を倒さなければならない。  それこそが、天国に旅立った仲間の、そして、この国の人民の願いだ。  皆の思いをひとつにっ!」  マナサは声を張る度に肋骨に激痛が走っていた。 「思いをひとつにっ!!!」  怪我を負い、体力を消耗し切った隊員たちだったが、第3隊隊長のマナサの声を聞き、再び気力を奮い立たせた。  隊員の士気が上がったところで、モハンが隊員に指示を出していた。 「この施設は近衛兵団に知られてしまったために、このまま使用し続けることは危険な状態にある。  そのため、後処理を担当する班を残して、ほかの者は速やかに本部に帰還する。  怪我をしている者や歩けない者には馬車を確保している。  各自、速やかに帰還の準備をするように。  皆でアデリーに帰ろうっ!」 「了解っ!!」  隊員たちは声を揃えた。  そして、各々の持ち場に戻って帰還の準備を始めた。  そんな中、シンは怪我をした隊員たちの手当てに奔走していた。 「俺が言える立場じゃないけど、シンは今日1日で見違えるようにたくましく なったと思わないか?」  アシュウィンは、シンの姿を眺めながら、馬車の椅子に横たわっているマナサにつぶやいた。 「ええ、本当に。  シンがいなかったら、今、私はここにいなかった……  将来は立派な隊員になると思うわ。」 「この戦いを経験した第3隊は、より結束が強くなるよ、隊長。」 「うん……」 「あ、ごめん。喋らせちゃって。傷に触るよね。」 「ううん、大丈夫。」  ラーマの麒麟第3隊は王都アデリーの本部に向けて帰還の途に就いた。 ◇  ラーマの麒麟本部内の副官シーラの個室 「そう、タクシは勇気ある最期だったのね……」  シーラは、唇を震わせて、アシュウィンから視線を外した。 「はい。あいつのおかげでマナサ隊長も助かりました。」 「タクシは立派な隊員になっていたのね。  最初、入隊を志願してきた時には、とても務まらないと思っていたけど。  私が持っていたタクシのイメージは、両親と道沿いで野菜を売っている大人しい青年だったから。」 「タクシは充分に任務を全うしました。  タクシはその姿を副官に見てもらいたかったんだと思います。  本当に残念でなりません。」 「本当に残念……  若い隊員が犠牲になることは、胸がかきむしられる思いだわ。」 「一刻も早くバジット卿を倒して、この国を人民の手に取り戻します、全力で。」 「ラーマの麒麟にはアシュウィンの力が無くてはならない。  私たちの手でこの国を解放しましょう。」 「はい。」 「そう言えば、マナサが治療室に入る前、アシュウィンの念動力は生物に対する念動力じゃなくて、万物に対する念動力だったって言っていたんだけど、これは事実なの?間違いない?」 「……まあ、はい。」 「何か煮え切らないわね。」 「自分でも、よく分からないんです。  師団長のセシルと戦っている時、副長がセシルに倒されて、すげえ怒りがこみ上げてきてブチ切れて、その後のことは記憶が無いんです。  気が付くと、草や木とかだけじゃなくて、岩とかも吹き飛ばしたみたいで……  セシルも飛ばしたんだと思います。  それまでは、生物以外の物を動かすことなんて出来なかったのに……  何で突然出来るようになったのか、自分でも分からないんです。」 「そうなの……  その力をコントロール出来ているの?」 「いえ、試してはみたんですけど、上手くコントロール出来ないんです。  思うように対象物を操ることが出来ないんです。」 「焦る必要はないわ。万物に対する念動力をコントロールすることはとても難しいらしいから。」 「誰かこの念動力を使える人がいるんですか?」 「ええ、いるにはいるわ。  ただ、厄介なことに私たちの仲間じゃないの。」 「仲間じゃない?」 「そう。近衛兵団の師団長が同じ能力を使うの。」 「師団長?」 「第3師団師団長のガザンという男。」 「ガザン……」 「だけど謎が多いのよね。色々と情報収集をしているんだけど……  そもそも、第3師団が存在しているのかも分からないの。  捕捉出来ていないから。  幽霊師団だって噂されているのよ。」 「幽霊って……  じゃあ、そのガザンって奴も本当にいるのか分からないってこと?」 「以前、大師が千里眼でその姿を捉えたことがあるらしいから、ガザン自身が実在したのは間違いないわ。  でも、最近は一切痕跡が無くて、生死が不明なのよね。」 「なんだか幻の生物みたいですね。  ……よくよく考えたら、怖くなってきた。  そんな男と同じ能力だなんて、複雑だなぁ。」 「でも、万物に対する念動力は強力な能力。  その能力をアシュウィンが身に付けたことは、私たちにとって非常に有利に働く。  無用なプレッシャーを掛けるつもりは一切無いんだけど、アシュウィン、頼むわよ。」 「はい。今はまだ約束は出来ませんけど、期待に応えて見せます。」  アシュウィンは自分に言い聞かせるように答えた。 ◇  3か月後  ラーマの麒麟本部の第3隊施設内 「モハン、副長が何処にいるのか知っていますか?」  マナサは、闘技場で隊員に剣術の指導をしていたモハンに聞いた。 「副長ですか?ヒマと訓練場にいらっしゃいます。」 「そう、ありがとう。  モハン、私と副長は少しの間、隊を離れるけど、留守をよろしく頼みます。  指揮はシーラ副官が執ることになるけど、よほどのことが無い限り、モハンが隊をまとめてください。」 「はい、了解しました。」  モハンの両目には気合がみなぎっていた。 「モハン、あまり皆に無理をさせないように。支部での戦闘の傷が完全に癒えた訳ではないですから。休養も大切です。」 「はい、そうさせて頂きます。」 「では、頼むわね。」  マナサは闘技場を出て訓練場に行くと訓練場の扉を僅かに開いた。隙間からそっと中を覗くと、アシュウィンが飼い猫のヒマを相手にマントラの訓練をしていた。 「バキラヤソバカ」  アシュウィンが両手を広げてマントラを唱えると、身体を包むように黄金色に光り輝く球体が現れた。  その球体と接している空気は細かく振動しているようだった。  アシュウィンが両手をヒマの方に向けると、ヒマは吸い寄せられるように床を滑ってアシュウィンの足元に移動した。  ヒマは、アシュウィンの足元に移動させられると、しきりに顔を向こうずねに擦り付けて喉をゴロゴロと鳴らし始めた。  次にアシュウィンは、木製の椅子の方に両手を向けると、その椅子は、アシュウィンと見えない紐で結ばれているかのように、アシュウィンの方に引っ張られて近づいてきた。  アシュウィンは、その椅子に腰掛けると、深呼吸をして息を整えた。  大分、コントロールできるようになってきたかな…… 「副長、スムーズにマントラの力を操れるようになってきたのね。」  マナサが訓練場の中に入って来た。  アシュウィンは入口にいるマナサに答えた。 「副長って、何かこそばゆいな。今まで通りに名前で呼んでくれない?」 「人前じゃ階級で呼ぶべきでしょ。日頃から慣れておかないと。」  マナサは楽しそうだ。 「でも、アシュウィン、両手を動かさなくても、対象物を操れるようになったのね。」 「うん。意識していなかったんだけど、自然と出来るようになっていた。」 「まさに能力が覚醒した感があるわね。」 「覚醒……なのかな。  もっと強くならないと、救える人も救えなくなる。」 「アシュウィン……1人で背負い込まないでよ。」 「うん、ありがとう。」 「じゃあ、そろそろ出発しないと。」 「マナサ、俺ひとりでもいいんだよ。忙しい隊長を連れ回すのは心苦しいし……」 「これも隊長の務め。というよりも、英雄の丘がある地域は、近衛兵団の第4師団が統治している地域だから、アシュウィン一人では行かせられないわ。」 「まったく、親父が俺に剣を渡さないで、どこかに行ってしまうから、クソ面倒くさいことになるんだよな。  本当に英雄の丘にあるのかな?」 「ええ、英雄の丘にあると大師がおっしゃっていたわ。  英雄の丘にある戦士の墓。そこの社にアシュウィンのお父さんが隠したって。」 「親父も親父だよ。大師から『毘羯羅麒麟』を受け継ぐことを拒否するにしても、何でそんなところに隠すかなぁ……」  アシュウィンが父親のアジットの悪口を言っていると、副官のニキルが訓練場に入って来た。 「アシュウィン、これから『毘羯羅麒麟』を取り戻しに行くのか?」 「はい、セシル隊長と取り戻してきます。」 「そうか。  『毘羯羅麒麟』は、他の剣と違って特別な剣だ。  我が一族の長兄が代々引き継いできたのだが、アシュウィンの父親は、大師からその剣を受け継ぐことを拒否して、社に隠してしまったらしい。  大師から聞いているのかは分からんが、あの剣は、言わば妖剣、魔剣といわれる類の剣だ。  真に持つべき資格のある人間以外には、鞘から『毘羯羅麒麟』を抜くことすらできない。  アシュウィンの父親は、恐らく抜くことが出来なかったんだろうな。それで、腹いせに社に隠したというのが事の真相だろう。  まあ、破天荒な兄貴らしいといえば、兄貴らしい。  現在の英雄の丘は近衛兵団の勢力下にあるから、注意を怠らないようにな。  マナサとアシュウィンの2人だから心配はしていないが、何があるか分からないからな。」 「はい。」  マナサとアシュウィンは口を揃えた。  ニキルが立ち去った後、2人は屋外に出た。  陽射しが強く、空は抜けるような青空だった。  マナサは陽射しに少し目を細めると、水を飲んでいた愛馬の手網を握った。 「アシュウィン、そろそろ出発したほうがいいわ。」 「うん。今、馬を回してくる。」  アシュウィンはそう言うと馬房に向かった。  アシュウィンが馬房に入ると、シーラが馬の世話をしていた。 「シーラ副官。」 「アシュウィン、もう出発?」 「はい、出発します。」 「剣を手に入れたら、すぐに引き返して来るのよ。」 「大丈夫です。第4師団とは接触しないようにします。」 「特にセシルには要注意よ。いいわね?  仮にセシルと遭遇しても、戦いたい衝動を心の底に押しとどめて、戦闘を回避するのよ。  何よりも『毘羯羅麒麟』を持ち帰ることが最優先。」 「はい。戦闘を回避して、剣を持ち帰ります。」 「マナサにも気を配ってね。」 「マナサにも?」 「ええ。  本来ならば、ニキルか私が一緒に行くべきなんだけど、直属の隊長として自分が行くと言われると、返す言葉が無いから……」 「大丈夫ですよ。隊長と俺の2人で大丈夫です。」 「大丈夫だとは思うんだけど、マナサとセシルには切っても切れない因縁があるから……」 「切っても切れない因縁?」 「そう。  ……あの二人、実は姉妹なの。」 「へっ??姉妹???」 「血の繋がった本当の姉妹。  姉のセシルと妹のマナサ。」 「本当の姉妹って……ええっ??」 ◇  馬上のアシュウィンとマナサは本部を後にした。  あのセシルがマナサの姉さんだなんて……  驚愕の事実を聞かされたアシュウィンは、マナサが敵対するセシルのことをどう思っているのか知りたい衝動に駆られたが、あまりにも衝撃的すぎて躊躇していた。  そのうち、折を見て聞いてみよう。  アシュウィンはマナサの端正な横顔を見ていた。 「ん?何?」  アシュウィンの視線に気づいたマナサが、アシュウィンの顔を見つめた。 「い、いや。何でもない。」  アシュウィンは動揺を隠すように前を向いた。 「そう……」  マナサも穏やかに微笑んで前を向いた。  馬に股がった2人は、英雄の丘を目指して、果てしなく続いている一本道を並んで進んだ。
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