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7 謀略
支部正面入口の扉が倒され、舞い上がった砂埃の向こう側から近衛兵が現れた。
ラーマの麒麟第3隊副長のイシャンは、剣を握り、無心のまま仁王立ちしていた。
目の前の敵を倒す。ただその一点のみに集中していた。
頭上に剣を振りかぶりながら飛び込んできた近衛兵2人を、瞬時に間合いを測って袈裟斬りにした。
まるで、イシャンに闘神が乗り移ったかのようだった。
それを目の当たりにした後続の近衛兵は恐怖心で身体が固まり、施設に飛び込むことを躊躇してしまった。
一旦闘争心が萎えてしまうと、近衛兵たちは施設の中に足を踏み入れることが出来なくなった。
その兵士たちの精神状態を敏感に察した第4師団師団長のセシルは、兵士長のビハーンを呼びつけた。
「あいつら、ビビッて固まっているな。
入口付近からでいい。作戦通りにやりなっ!」
「はい、分かりました。」
ビハーンは最前線の兵士に命令した。
「煙玉を投げ入れろっ!」
ビハーンの命令で、兵士は用意していた煙玉を支部の施設の中に次々と投げ込んだ。
「何っ?」
イシャンは意表を突かれた。
あっという間に黒煙が施設中に充満すると、視界が効かなくなり、息が出来なくなった。
「ほらほら、苦しいだろう?
外へ逃げ出しておいで。
私が可愛がってあげるわよ。」
セシルは下唇を舐めた。
支部の施設内では、充満した黒煙を追い出すために、各区画で待機していた隊員が窓の防護板を外した。
そして、外の新鮮な空気を吸おうとして窓から顔を出した瞬間、窓をめがけて無数の矢が飛んできた。
「ゔっ!」
「ぎゃっ!」
「ぐふっ……」
窓から顔を出した隊員の悲鳴とも叫び声ともつかない奇声が、施設内部のあちらこちらで響き渡った。
他の隊員がその奇声に驚いて振り返ると、顔に矢が刺さった隊員が血まみれになってのた打ち回っていた。
「大丈夫かっ!」
「何があったんだ?」
「しっかりしろっ!」
「頑張れっ!今、手当する!」
黒煙が充満している施設内は騒然とした。正に蜂の巣をつついたような騒ぎ。
闘神と化したイシャンだったが、さすがに内部の騒ぎが気になり、慌てて中に戻ってきた。
「ゴホ、ゴホッ!
どうした?何があったんだっ?」
イシャンは黒煙にむせびながら叫んだ。
「窓の外から矢を射られましたっ!」
「何っ?くそっ!
窓際には決っして近づくなっ!
裏の扉の方はどうなっている?」
「裏の扉は外側から押さえ付けられているようで、開けることが出来ませんっ!」
「裏の扉が開かない?」
裏も窓も……正面以外は塞がれたということか……
その上、煙の勢いが凄すぎて、窓が開いていても全く換気されていない……
こうなると、残る道はただ1つ。
敵が手ぐすね引いて待ち構えている正面を突破すること……
もはや、ここまでか……
◇
裏門近くに陣を取っていた、ラーマの麒麟第3隊隊長マナサの小隊
「施設から黒煙が上がっている。
モハン、こっちへ。」
マナサは、腕を大きく振って、新人隊員と共に後方に控えていたモハンを呼んだ。
「はい。お呼びですか?」
モハンは素早くマナサの傍らに駆け寄った。
「モハン、すぐに隊員30名を連れて、正面にいるカマルの援軍に向かってくださいっ!
戦闘態勢が整い次第、カマルが指揮を取って、施設内の隊員を救出すべく行動を開始するようにカマルに伝えてください。
残りの隊員は私が指揮を取って、裏口を奪還して開放します。
いいですね?最優先すべきは、施設内の隊員の救出です。」
「了解しました。
新人隊員はどうしますか?」
「そのまま待機です。」
「では、新人隊員に指示をして、正面に移動します。」
「頼みましたよ!」
「お任せ下さいっ!」
マナサの指示を受けたモハンは、一旦アシュウィンたちの所に戻ってきた。
「私はこれから施設の正面に移動する。
お前たちはここで待機だ。
近衛兵がやって来ない限り、勝手に動くんじゃないぞっ!
いいな?」
「はい……」
アシュウィン以外の新人隊員は、極限状態の中で緊張して、今にも消え入りそうな声で返事をした。
モハンは、林の中で待機していた小隊の隊員の内30名を引き連れて、施設の正面に移動し始めた。
「今から裏門の近衛兵を倒して、裏口を奪還します。」
マナサは小隊の残りの隊員30名にハンドサインで指示を出した。
マナサ以下30名の隊員は、身を屈めたまま、近衛兵に気づかれないように裏門の方に移動した。
先頭を行くマナサは、近衛兵の細かい表情が分かる距離まで近づくと、一度その場に立ち止まり、隊員に戦闘態勢を取るように命じた。
隊員たちは緊張した面持ちで剣や甲冑の装備を入念に点検した。
マナサは、隊員が戦闘態勢を取り終えたことを確認すると、裏口にいる近衛兵の中でも一際大柄な兵士長レヤンに狙いを定めた。
そして、切っ先が朱色に輝いている細身の愛剣『真達羅朱雀』を構えると、脱兎のごとく裏門に攻め入った。
◇
モハンは30名の隊員と共に、茂みの中に身を隠しながら、支部施設の側面を大きく迂回するように移動して、カマルの小隊が待機している廃屋に向かっていた。
「……みんな、止まれっ!」
突然、モハンが後ろに続いている隊員たちを制止した。
「どうしたんですか?」
モハンのすぐ後ろを歩いていた隊員が聞いた。
「敵だ。敵の小隊がいる。」
モハンが声をひそめて答えた。
「え?こんな所にですか?」
「ああ、想定外だな。弓を構えている。
施設の横窓から中を狙っているんだ。
クソッ!おそらく施設は四方を敵に囲まれている。」
「どうします?仕掛けますか?」
「いや、ダメだ。
カマル隊に合流することが最優先だ。」
「分かりました。」
ルートを変えて進もうとした時、モハンが小声で鋭く叫んだ。
「全員伏せろっ!」
見ると、1人の近衛兵がモハン小隊の方に近づいて来ていた。
「動くなっ!音を立てるなっ!」モハンが低い小声で命じた。
モハンの小隊は、茂みの中に身を潜めて、固唾を飲んで近衛兵の動向を注視していた。武器を持つ手には無意識のうちに力が入っていた。
弓を手にした近衛兵は、モハンから15メートル程の距離にまで近づいて来ていた。
気づくなよ……
モハンは祈るような気持ちで隠れていた。
その近衛兵はキョロキョロと辺りを見回すと、近くの茂みに向けて股を広げた。そして、そそくさと用を足しだした。
「ふぅ……」
一息ついて安堵の表情を浮かべている。
用を足し終えると、ブルっと体を震わせて、自分の持ち場の方へ足早に戻って行った。
「ほっ……」
モハンの小隊は全員胸を撫で下ろした。
「よし、気づかれていないようだ。
進むぞ!」
モハンの小隊は、再び廃屋に向けて移動を始めた。
間もなくして、施設の正面が確認できる位置まで来ると、近衛兵らが入口の周りに群がっている光景が目に飛び込んできた。
「好き勝手しやがって……
今に見てろよっ!」
モハンは直ぐにでも反撃したい気持ちをぐっと押さえ込んだ。
その先の施設正面から少し離れたところに、イスに腰掛け、足を組んでいるセシルの姿が目に入った。
よし、こちらには気づいていないな……
しっかし、サドの女王様という言葉がぴったりだな。
どれだけ強いのか知らんが、今日こそ討ち取ってやる!
モハンの小隊は、セシル率いる近衛兵団第4師団に気づかれること無く、廃屋に辿り着くことが出来た。
そして、モハンは慎重に廃屋に近づくと、壊れかけている扉をノックして、中で待機している隊員に合図した。
すると、それに気づいたカマルが中から出て来た。
「モハンか?ようやく行動開始か?」
「ああ。
カマルが隊員60名の指揮を取って、施設内の隊員を救出すべく行動を開始せよとの司令だ。
裏口は近衛兵が塞いでしまっているが、隊長が開放してくれるだろう。」
「裏口は塞がれているのか?」
「ああ、施設側面の窓の辺りにも近衛兵が待ち構えている。」
「開いているのは正面だけか……」
「そういうことだ。
隊長は、救出が最優先だと念を押していた。」
「心得た。モハンもよろしく頼むっ!」
「当然だ。言うに及ばないっ!」
2人は拳を合わせた。
合流したカマル隊とモハン隊が廃屋の裏側に移動して隊列を整えると、カマルはモハンの肩に手を置いた。
「モハン、すまんが俺はセシルを討つ。
身軽なお前が隊を指揮して、副長たちを救出してくれ。」
「何を言い出すんだ、カマル。
救出が最優先だと言ったろ?」
「分かっている。だから言っているんだ。
副長たちの逃げ道が正面を突破するしかない今の状況においては、セシルを討たないことには救出は不可能。
良くも悪くもセシルがすべての師団だ。精神的支柱を失えば、後は放っておいても総崩れになるはずだ。」
「そうは言っても、お前一人で行かすわけには……」
「いや、数で劣っているのに貴重な隊員を対セシル戦に割く余裕はない。俺一人で何とかする。
頼む、モハン。
入口の所にいる神経質な顔つきの兵士が恐らく兵士長だ。お前は隊員たちを指揮して、あのサブキャラを倒してくれ。そして、一気に副長たちを救出だ。」
「カマル、簡単に言うな。相手は冷血無比なセシルだぞ。
マナサ隊長だって、そう簡単には倒すことができない相手のはずだ。」
「それは十分承知している。しかし、適任は俺だけだ。
セシルが首からぶら下げている太い鞭を見ただろ?普通の剣じゃ太刀打ちできない。
俺が使っているこの鉾じゃないと渡り合えない。
それに、モハンには悪いが、この小隊の中で戦闘力が最も高いのは俺だ。
分かったと言ってくれっ!」
「……分かったよ、カマル。
お前は言い出したら、後には引かないからな。
ただ、一つだけ約束してくれ。
絶対に死なないと。」
「……ああ、俺だって死にたくはない。
お前こそ、死ぬんじゃないぞ。
副長たちを救出して、皆でアデリーに戻ろう。」
2人は再び拳を合わせた。
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