魔女のお薬

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「おばあちゃん。久しぶり~」  ガラガラと昔ながらの引き戸を開けた孫娘が、元気な顔をみせる。今日は浴衣の着方を教える約束だった。  いらっしゃいと出迎えた私に、孫娘から表情がなくなった。 「どうしたんだい?」  孫娘の様子がおかしいのが気になり、今から熱中症かいと声をかける。孫娘ははっと我に返ると、いつもと同じ元気な笑顔をみせた。 「ごめん。なんか、雰囲気変わったように見えてさ。それにしても、ごめんね。急に浴衣を着たいから、着方を教えてくれなんていって」 「いいんだよ。準備してあるからね」  孫娘と一緒に浴衣が置いてある八畳間に向かおうとすると、にゃあんと声をあげて黒猫が駆け寄ってきた。 「あれ?猫?どうしたの?」 「この前、庭にやってきてね。エサをやったらいついたんだよ」 かわいい~と声をあげて猫をなでる。さらに、スマートフォンをとりだして、何枚も写真を撮り始めた。猫は嫌がりもせず、孫娘の好きなようにさせている。それどころか、孫娘の足にすり寄った。 「おなか空いてるのかな」 「煮干しでもやろうかね。台所に取りに行こうか」 「あ、じゃあ。荷物置いてきちゃうから。先に、台所に行ってて」  孫娘は軽やかな足取りで八畳間に向かう。孫娘の後姿を見送ってから、黒猫の方をにらみつけた。 「あの子に手を出すんじゃないよ」 「お前のばあさんも同じこと言ったぜ」  急にふてぶてしい態度に変わった黒猫をもう一度にらみつけた。丸薬をどうするかさんざん悩んで結局自分が飲んだのだ。 「本当に魔女になるとは思わなかったよ」 「すごいだろう。後継者はいてもらわないと困るんでな」  自分で飲めない。人にあげられない。かといって、捨てることもできない丸薬は、老い先短い自分が飲むのが良いと判断して処理するつもりで飲んだのだ。とたんに、身体中が熱くなり、頭にはっきりと魔女として必要な心構え、知識、スキルが刻み込まれていく。教えるものがいなくても、立派に魔女をやっていけるよう開発された薬のようだった。 「効き目が良い分、リスクもある。魔女になる素質がある奴じゃないとだめだ。同じ血を分けた人間なら、もっといいな」  黒猫が優雅に前足をなめる。私が丸薬を飲んだ後、嬉々としてやってきて私の家に居座ってしまった。この家に代々仕える使い魔というやつらしい。 「やっぱり捨てときゃよかったよ。それか、火にくべるかね」 「何を言おうが後の祭り。さて、台所へ行こうか、お前の孫がおかしいと思うぞ」  おばあちゃんは、どんな思いで私に丸薬をくれたのだろう。私はおばあちゃんと同じように丸薬をつくって、誰かに渡すのだろうか。魔女商売なんて、今の時代には、迷惑このうえない職業だ。自分の代でおわりにしなきゃあね。 「おばあちゃん。もう、まだそこにいるの?勝手に煮干し出しちゃうよ」  何も知らない孫娘の明るい声に笑みを浮かべる。やっかいな、相棒と共に台所に向かった。
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