魔女のお薬

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 私の手には、ひとつの丸薬がある。丸薬といっても、ソメイヨシノの桜に似た薄紅色の小さなものだ。薄い紙でできた薬包紙は、古くならない内に新しいものに取り換えている。取り換えるたびに丸薬を見るけど、もらったときと変わらない薄紅色だった。 「おばあちゃん、これ、腐ってるんじゃない?」 「そうかもしれないね」  おばあちゃんと呼んだ孫娘は今年で19歳だ。もう、高校を卒業して大学へ通っている。孫娘の家は、ここから電車で一駅しかない。自転車でも来れるし、ダイエットにいそしんでいた時はジョギングをして我が家まで来ていた。 「それじゃあ、どうして、そんなに大事にとってるの?間違えて飲んじゃったら危ないよ?」  気づかわし気に瞳が揺れる。黒というより濃い茶色の瞳は祖母と同じ色だった。瞳と同じように、髪の色もうっすらと茶色く染まっている。きれいに結い上げて、かわいらしいお嬢さんだ。 「この薬は、おばあちゃんのおばあちゃんからもらったものでね。捨てられなくて取ってるのさ。ま、形見みたいなもんだね」  不服そうに口をすぼめて孫娘は立ち上がる。何度かのびをすると晩ごはんまでに帰る約束をしたからと、にっこり笑って赤のショルダーバックを肩から掛けた。 「また来るからね~」 「ちゃんと大学行くんだよ」  孫娘がいなくなると、とたんに部屋が広く感じる。一人暮らしには広い家も、祖母から譲られた家だった。あちこちガタがきているが、自分が死ぬまではもつだろう。そのぐらいは頑張ってくれると踏んで、建て替えを思いとどまっていた。  太い柱に太い梁、日本家屋の特徴ともいえる畳は、二年前に替えたばかりだった。  孫娘に見せていた丸薬を薬包紙に包むと、手の平でおおう。誰にも見せないはずだったのに、去年、孫娘に見つかってしまったのだ。何の薬かと聞かれて戸惑い、素直に自分の祖母からもらったものだというと目を丸くしていた。 「驚いていたね。早く捨てた方が良いと何度言われたっけ」  この薬を捨てるつもりはないし、かといって使うつもりはなかった。私自身、この薬が何のためにあるのかさっぱりわからなかったからだ。  祖母のことも私からはよくわからない人だった。家にこもって何かをしていたようだけど、祖母の娘である母もよくわからないようだった。ただ、身体にいいものを作っているとしか知らなかった。時折、客人が来ては薬のようなものを渡していた。  一度だけ聞いたことがある。その薬は何かと。そうしたら、ただのお茶だと笑っていた。昔の人はえらいもので、山や川べりで薬になる実や草を見つけては、調合してお薬として使っていたそうだ。  今じゃ、立派なお医者様に診てもらえるから祖母がつくるような薬はいらないのだが、軽い心身の不調を整えるのにちょうどいいのだそうだ。今でいうハーブや薬膳料理、食事療法にあたるものなのだろう。なにせ、昔は砂糖が薬になるくらいなのだ。  ひとつあげようと言ってくれたが、祖母の見せてくれたお茶は奇妙な色をしていたし、何より変な匂いがした。慌てて首を振る私をじっと見て、飲まなくて良いからとひとつの丸薬をくれたのだ。 「飲みたければ飲めばいいし、飲みたくなければ飲まなくていい。ただし、欲しがっている人がいたらあげること」  祖母の出した条件はさほど難しいものじゃない。ただ、自分は飲みたいは思わなかった。おそらく、この先も飲むことはないだろう。 「欲しがっている人にあげろといわれてもねぇ。怖いじゃないか」  欲しがっている人にあげるのも気が進まなかった。どんな薬効があるのかわからなかったからだ。自分で飲むこともできず、かといって誰かにあげるのも気が進まない。それじゃ、孫娘に言われたようにさっさと捨ててしまば良いのだが、もっと気が進まなかった。  
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