魔女のお薬

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「自分で飲まず、誰にも渡せず、捨てることもできないなら、私にくれないか?」  日が傾くのも気にせず、座ったままうつらうつらしていた私の耳に、ひっそりと声が聞こえた。慌てて左右を見てみるが誰もいない。ただ、淡い橙色に染まる障子に大きな影がうつっていた。 「ど、どちら様ですか?」  奇妙な来訪者に語尾が震えたものの、思った以上にはっきりと声が出た。祖母が来訪者を迎えていた様子を思い浮かべる。しゃんと背筋をのばして、堂々としていた様子がありありと思い浮かんだ。 「どちら様も何も、この家にはなくてはならないモノだったんだがね」 「あいにく、私は知りません。どうぞ、お引き取り下さい」  真似をしたわけじゃないが、できるだけ記憶の中にある祖母と同じようにふるまってみた。この家になくてはならないと言われても、とんと記憶にない。まったく知らないモノだった。 「なんだ。お前は何も知らないのか。魔女になる薬を持っているくせに、本当に何も知らないのか」  おばあちゃんが、魔女ですって!驚いたものの声を出さぬことに成功した。大きな影はキツネのようにも猫のようにも見える。きつね特有の長い鼻も、ふさふさとした尻尾もない。猫にあるしなやかな尾もみえなかった。ただ、ぴんとした耳が特徴的な影だった。 「祖母が亡くなったと同時にここも店じまいです。私が何を持っているか、あれこれ勝手を仰っているようですが、これは誰にも渡しません」  そう、私と一緒に朽ちるはずの薬なのだ。私が飲むものでも、誰かに渡すものでもない。正直に言えば、もらわない方がよかった薬なのだ。 「強情なことだ。だが、お前が手放すのを待っていよう。いずれ、どこかでお前はその薬を手放すのだから」  きつねともねことも区別がつかない奇妙な生き物は、さっと身をひるがえしてどこかへ去っていく。気づけば日はとっぷりと暮れていた。  暗い部屋の中で、電気もつけずに呆けたまま座る。これからどうすればいいのか、この薬をどうすればいいのか、寿命がつきるまでに考えなければならなかった。
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