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 新宿のマリアは写真よりも神秘的だった。  不思議なオーラがあると、松川絵里子(まつかわえりこ)は思った。  イスラム教徒の女性のように、頭からすっぽりとベールに覆われ、目元がかろうじてあらわになっている。シルクのような光沢を放つ紫のベールが、よりいっそう神々しく思えた。 「あなた……小学生のときからリーダー格でしたね」  新宿のマリアの落ち着いた澄んだ声に、絵里子は動揺した。名前と生年月日しか教えていないのに、見事に過去を透視されたと思ったからだ。 「は、はい……なんで、わかるんですか?」  新宿のマリアは答えずに、目だけで微笑んだ。  さすが三ヶ月先まで予約が埋まっている占い師だ。店の入り口の外には、制服姿の女子高生や年配の女性などが丸椅子に腰掛け、順番待ちの列をつくっていた。  新宿のマリアはその後も、絵里子の性格や趣味を的確に言い当てた。  来た甲斐があった。絵里子は満足していた。  いよいよ本題の結婚についてだ。  絵里子は彼氏の名前と生年月日をメモした紙を、新宿のマリアに渡した。  新宿のマリアはぶつぶつと呪文のような言葉を唱えながらカードを切り、テーブルに並べた。  細く白い指先でテーブルのタロットカードを一枚ずつ表にする。王様や塔のイラストの下にギリシャ数字と英単語が書いてあるが、意味はわからない。  絵里子はじっと新宿のマリアのお告げを待った。 「松川さん……はっきり申しあげていいかしら?」  予想外の言葉だった。聞かなくてもあまり良い結果じゃないと想像がつく。  新宿のマリアは、絵里子の答えを待つように黙っている。  悪い結果ならよけいに聞いて帰らなければ、気になって仕方がない。 「はい、お願いします」 「わかりました……この男性とあなたは、ご縁が薄いです。結婚は難しいと出ています」 「え、そうなんですか……?」 「はい。おそらく一月(ひとつき)以内に結果がでます」 「ひとつき……」  新宿のマリアは小さくうなずくと、一枚づつカードの説明を始めたが、動揺していた絵里子の耳には届いていなかった。  交際を始めて九ヶ月だった。  彼は勤務医で、ステイタスが高い男しか登録していないマッチングアプリで引っ掛けた。絵里子の理想は外科医だったが、彼は消化器内科だ。不本意だったが腐っても医者だ。自分より六歳年上の三十九歳。年収は一千五百万。夜も淡白で、真面目しか取り柄がないつまらない男だが、結婚するならこんな男よねと、絵里子は割り切っていた。高齢出産になる前になんとか滑り込むつもりだった。それが、新宿のマリアに縁がないと告げられ、すぐには飲み込めなかった。 「マリア先生、薄い縁を濃くする方法とかないんですか? 玄関に黄色いものを飾るとかあるじゃないですか」  無情にも新宿のマリアは、顔を左右に振った。紫のベールがたゆたう。 「運命には(あらが)えません。たとえもう一度カードを切っても、結果は変わりませんよ」  凛とした口調に、絵里子はそれ以上食い下がる気が削がれた。  軽く会釈をし「ありがとうございました」と、そそくさと占いの館を後にした。
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