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三ヶ月後。
絵里子は代々木のビストロにいた。
テーブルの向かいでは“運命の男”が、フォアグラに舌鼓を打っている。
料理も美味しく調度品も趣味のいい店に、絵里子は満足していた。
目の前の運命の男、佐々木良文が選んだビストロだ。
良文との出会いは渋谷だった。
新宿のマリアのお告げを信じて出会いを待ち続けるも、まる二ヶ月なにも起きなかった。
マッチングアプリの登録も増やし、週末はエステとフィットネスで女に磨きをかけていたにもかかわらずだ。
ある日の夕方、渋谷のオフィスを退社した絵里子は、ハチ公近くの喫煙所で一服していた。そのとき、「すいません、火を貸していただけますか?」と、左隣の男に声をかけられた。
電子タバコ派が増えた昨今、ライターを携帯している喫煙者は少ない。
「おたがいに難儀しますね」
そういって、はにかんだ笑顔を向ける男の印象は、悪くなかった。
絵里子は一服だけで帰るつもりだったが、気づけば三本も吸っていた。今や希少種の、紙巻きたばこの喫煙者同士との仲間意識もあり、話がはずんだのだ。
「あの……立ち話もあれなので、もしよかったらこのあと……」
自然な流れでの誘い文句で、金曜日の夜だ。断る理由はなかった。
久しぶりのナンパに気分が上がっていたせいもあるが、結局その夜は、ほろ酔いで終電に駆け込んだ。
絵里子は小学生のころから男にモテてきたが、気がつけば同級生の中で、数少ない三十代の独身女になっていた。自分より容姿が劣る女から結婚の報告があると屈辱だったし、家族写真の年賀状にも正月から気分が落ちた。
二十代のころは、ひとたび飲みに出れば、面倒なくらい男が声をかけてきたが、ここ数年は潮が引いたようにさっぱりだった。
絵里子は自宅のベッドで横になりながら、佐々木良文の名刺をながめた。
細面のイケメンで、身長は百八十といっていた。
渋谷の大手I T企業でフリーのネットワークエンジニアをしているが、近いうちに起業する予定とのことだ。新宿のマリアの予言そのものだった。しかも出会った渋谷は、絵里子のマンションから北西の方角だ。
「マリアすご……」と、思わずこぼした。
良文はTシャツにジャケットの、いかにもIT企業ふうのビジネスカジュアルな格好だったが、さりげなくハイブランドも身につけていたし、高級そうな腕時計もしていた。第一段階の条件はすべてクリアだ。
あとはどうやって結婚まで持っていくか。絵里子は頭の中であれこれと算段した。
あくびが出て、そろそろ寝ようかと枕元のデジタル時計に目をやったとき、昨日がちょうど三ヶ月目だったことに気づいた。
新宿のマリアはまたもや、時期もぴたりと当てたのだ。
絵里子は驚くと同時に背筋が寒くなった。
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