桜の花が散るそのときまでは

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昇降口の入り口側の壁にもたれて、自分の足元を見下ろしていた。 そこには散った桜の花が点々と床に落ちている。 ここは学校の昇降口だから、みんなが踏んでしまうのかもしれない。花びらは茶色に変色して木の上で咲き誇っていた面影はない。 今年は早めに桜は咲いた。 例年に比べて暖かったから。 3月なのに、マフラーも、コートもいらない。 ただの、制服姿のわたし。 5時限目を終えたら、私達、3年生はさっさと帰らされる。 もう、勉強する過程がすべて終了したから、ここ最近授業もろくにやっていない。 この校舎から追い出されるんだ。 今履いているローファーの靴先はぼろぼろになった。 ずっと高校生ではいられない。 だからずっとなんてありえなかった。 ずっとは嘘つきな言葉だ。 「あっ、いたいた!」 馴染みのある声に名前を呼ばれて私は顔を上げた。 「ごめんね、待たせちゃって」 靴をトントンと地面に叩いて彼女は顔を上げた。 運動部でベリーショートにしていた彼女。すっかり耳の下まで伸びた黒い髪がさらさらなびく。 「ううん」 私は小さく首を振る。 「帰ろ?」と彼女。 「うん」と私。 私と彼女は帰り道が途中まで同じ。2年生の秋にお互いに知って、いつの間にか、部活が終わったらいつも、私が先に昇降口で待ってて、彼女があとからやってきて。 一緒に帰るようになった。 だから、今日も一緒に帰る。 「卒練さ、眠いよね」 彼女は話すのが好き。 私達の会話はいつも彼女から始まる。 「私、結構平気」 「えー!?まじか、すご」 彼女は大きく表情を変える。彼女は表情がわかりやすい。 「私だめ。早く寝ちゃいたい」 彼女は唇を尖らせながら私に不満そうな顔を向けてくる。起こってるわけじゃない、私は知ってる。私はいつもどおり、彼女の鼻先を突いた。 彼女はくすぐったそうに顔を背けた。 「もう、いつもそれやるよね」 「うん」 私と彼女は笑う。 笑う彼女の口から白い息が舞う。 とても寒い。私は手を擦る。 今日は空気が氷のように冷たい。 「ウィンドブレーカー温かいよ」 さあおいでという風に、彼女がポケットの穴を大きく開いて見せてくる。 「ほんと?」 がさがさ。 手が彼女のポケットに擦れる音。 お言葉に甘えて私は彼女のポケットに手を入れた。 「暖かくない?」 温かい。 「うん。温かい」 「でしょ」 彼女が着ていたウィンドブレーカーに手を入れたまま私たちは帰り道を歩く。 「あなたが男だったら、私達付き合ってるみたいだね」 「ああ、確かにね」 「ふふ、恋したいな」 彼女は面白ろ冗談だ、という風に軽く笑って言った。 後悔した。 好きって言えばよかった。 目の周りが熱くなる。彼女に気づかれたくない。 下を向いて「…明日、卒業式返事できるかな」って言った。 「なんで?」 彼女は今どんな顔して私の話を聞いているのかな。 「名前呼ばれたらいい感じで返事したいなって思わない?」 「ぜんぜんそんなことないよ」 「ええ?そう?」 私達の会話はいつだってそうだった。 なんの特徴もない。景色が変わらないのと同じで。  私の家の前につくと、彼女は自転車にまたがる。 「じゃ、また明日ね」 「うん。じゃあね」 彼女は私にいつもと変わらない笑顔を向けて、もう一度じゃあねと手を降って、後ろを向いて、自転車で家の角を曲がっていった。 うん、いつもと同じ。 でもこれが最後。 また今日と同じ明日が来るって癖で信じてしまうけど、 でも最後だったんだよね。 今日、卒業式。 彼女の姿を横目で見続けた。昨日言った返事の事で頭がいっぱいだったのかもしれない。緊張で表情が硬くなっているのが可愛いなって思った。 式が、一通り終わった所で、私は彼女の姿を探したけど、彼女と過ごした学校内は人で知らない声でたくさんだった。 よく見えなくて聞こえなくて、その日私は彼女の姿を見つけることができなかった。 式に来ていたお母さんが帰ろうって言った。 昇降口を出てなんとなく、見上げた、先にあった桜の花びらは優しく吹いた風にも抵抗できないまま散っていった。
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