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「ここ、空いてます?」
「え? ああ、衣笠さん」
「ちょ、小山か。ウケる」
同級生の衣笠さんが、オレの向かいに座った。
クラスメイトだが、しゃべったことはない。
ここなら学校の奴らとも関わらないでいいな、と思っていたのに。
「やっぱりこの時間だと、混んでるねー」
「ああ、うん」
「もっと話そうよ。学校でも話せてないじゃん」
「けど」
「いいじゃん」
「……いいけど」
「やり。いただきまーす」
衣笠さんは豪快に、しょうゆラーメンをすする。
「うんまっ」
「もっと洒落た店に行けばいいじゃないか」
「えーっ。だって、こういう店のほうがおいしいじゃん。ここのラーメンがずっと食べたくて、ダチとの約束も断ったくらいなんだよね」
「そこまで有名だっけ?」
「安いってTVで言ってたしさ」
きっと、「激安大盛りなのにつぶれない店を紹介する番組」のことだろう。
「ギョーザをあげよう。だから、唐揚げひとくちちょうだい」
「う、うん。いいよ」
「やり! あーん」
真っ先に、衣笠さんは唐揚げをひったくっていく。
「はふ。うんま」
唐揚げを貪って、衣笠さんは一向にギョーザをくれる気配がない。
「じゃあ、ギョーザを。あーん」
なんと、衣笠さんはボクに箸を向けてきたではないか。
「え、ちょ」
「いいからほれほれ。ダチにもこうやって、食べさせてんの! ほらほら遠慮せずにあーん」
「あ、あーん……」
オレは観念して、口を開いた。
「はっつ!」
熱々のギョーザを、口の中に押し込まれる。
でも、おいしい。これは、クセになる味だ。
「うまいっしょ?」
「最高」
「だよねやっぱ! こういう店、好きなんだよ。でも、ダチとは入れなくてさ」
衣笠さんはギャルの身なりをしつつ、実は町中華や純喫茶のやすいカレーが大好きなのだそう。
オレも、似たようなものだ。
町中華に入っているときが、自分を開放できる。
誰にも邪魔されないのが、よかったのに。
「でもさ、オレなんかと話してていいのか? 変なウワサを立てられるんじゃ」
「いいって。そんなの。話してみたかったんだよ。あんたは気取ってないからさ。かといって、ウチらをバカにした目では見てないじゃん」
いいって言っていないのに、衣笠さんはもう一個の唐揚げを自分の箸でぶっ刺した。
オレはあきらめて、しょうゆラーメンを消費する作業に戻る。
早く食べて退散しよう。
「ままままま。一杯どうぞー」
唐揚げのお詫びのつもりなのか、いつの間にか衣笠さんは瓶コーラを頼んでいた。
コーラを、空になったオレのグラスに注ぐ。
「あ、ありがとう」
「いえいえ。ぐいっといきねえ」
「いただきます」
オレは、コーラを飲み干す。
しょうゆラーメンとコーラなんて組み合わせが、笑ってしまうくらい合う。
「あのさ、これからも相席してくれない?」
「え、なんで?」
「いやなんか。こんな店に付き合ってくれるのって、小山くらいじゃん。だからさ、次からは、一緒に入りたいっ」
熱い視線で、衣笠さんがオレを見つめてきた。
オレは、うっかり勘違いしそうになる。
「でも、オレなんかよりイイヤツいるだろ」
「ないない。あいつらと一緒に行ったらさぁ、こんな絶滅危惧種みたいなラーメン屋なんて嫌がるの。映え重視だからさ」
ああ、そういう感じなのか。
こういう店は、誰にも邪魔されないことが至高だ。
けど……。
「いいよ」
この消えゆきそうな雰囲気を、誰かと分かち合うのも悪くない気がした。
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