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第27話 エピローグ
ハルカはそれから一週間ほどを王都で過ごしたが、やがて旅立つ日が来た。しばらくは王国内を周るとのことで、また王都に立ち寄ることもあるだろうと彼女は言う。そして俺に心残りが無いわけではない。だけど、元カノはこの世界を楽しんでいるように見えた。
「蒼ちゃん頑張ってね。川瀬君も浮気しちゃダメだよ」
「ハルカも元気でね」
「しないよ。麻枝さんも元気で」
「せっかく妹ができたと思ったのに祐樹に取られちゃった」
「イリース様、ご恩は決して忘れません」
ヘイゼルがハルカの手を取って言う。
「あ、そうそう、祐樹。ちゃんと確認してみて」
「え?」
「ほら、か・ん・て・い」
ハルカの言葉に思わず反応してしまった。彼女の頭の上に文字が出る。名前はそれほど長くないが、苗字には見覚えがある。
「なあ、イリースって王都の生まれなんだよな」
「そうよ。で、確認した?」
「あ、うん、確認したけど」
「けどって何よ」
「母親の事とか覚えてる?」
「あまり覚えてはないかな」
「その人がお前の名前を名乗ってるって言ったら会いたい?」
「私の? う~ん、どうかな。わかんないな」
「まあもし興味があるならさ」
俺は神殿の魔女の名前を便箋に記した。
「この人、訪ねてみたら。神殿で聞けばわかると思うから」
「わかった。それで鑑定は? 思うところ無いの?」
「売られたのによく貞操守れたなって」
「そりゃもう頑張ったから、タレント駆使してっ――て違う! 感慨深いとか無いの!?」
「ハルカはすごいなって思った」
「大好きな人のためだからね」
ハルカが笑って言う。ほんとすごいよ。
「あの……ハルカ様」
「ハルカでいいよ、ルシャちゃん」
「いえ、そんな畏れ多い。あの、それで――ハルカ様に地母神様からの神託です」
「えっ」
「えっと……ですね。そのまま伝えるよう言われておりまして……」
「いいよ?」
「で、では――」
「ふ、踏み倒さずにちゃんと払ってよね!」
「あぁ~」
「何の借金したんだハルカ?」
「二人分の鑑定でしょ、聖女でしょ、転生でしょ、あと情報もいろいろ貰って、その代償。元の世界に帰っちゃえばいいかなって思ってたんだ」
「代償って何?」
「子供八人は産めって」
「「「八人!?」」」
「こわっ! 豊穣の女神様の代償こわ!」
「八人も産まなきゃいけないんだけど手伝ってくれない?」
「えっ、やだよ」
「でも他の人とだと嫉妬するでしょ?」
「う……」
「しっかり断りなさいよ情けない」
キリカが文句をつける。
「最終的に全部ユーキの子供になりそう……」
そんなことないってアリア。もっと信用してよ。
「ルイビーズの聖女様をやめたら、地母神様のところで聖女として受け入れてくださるそうです」
「えっ、聖女ハシゴできるの? 考えとく~」
「聖女はお店かよ……」
そんな感じで大騒ぎの末、ハルカは旅立っていった。心配は無い。あの従者さんもついてるし、死なない限り長生きはできる世界だ。また会える。
◇◇◇◇◇
俺たちにまた、陽だまりのような日々が戻ってきた。もちろん、毎日ごろごろしているわけじゃないが、平和な日々は大事だ。
朝はやはり、アリアと早い時間からギルドへ顔を出す。以前と違うのは、朝うっかり祝福をしてしまってちょっと遅めになることがあるくらいだ。遅刻遅刻~とか言いながら。
いつものように手を繋いでギルドにやってきた俺たちは、いつものように受付で声をかけてから掲示板を眺める。最初の頃と違って、すらすらと異世界の文字を読み進めることができる。
ヘイゼルは既にギルドに来ていた。彼女はルシャと同じくらいの時間に起きて、リビングの掃除や朝食の準備をやってくれる。今は下の階に部屋を借りてあげているので、その代わりに家事手伝いをやってくれているのだ。その後に自己鍛錬としてギルドにやってきて訓練している。
ヘイゼルは《陽光の泉》に入らず、ソロで冒険者をやっている。強い人と一緒に居ると頼ってしまうので、自分を鍛えるためにもソロなのだそうだ。頼ってくれていいんだけどな。よくミシカやヨウカと組んでることもある。
そしてもうひとつの理由が俺との約束。こいつ以外の男と幸せになる――そのためのソロでもあるそうだ。ただ、いい相手が見つからなかった場合は、責任を取って貰ってほしいと言われている。俺はこいつ以外の男なんだそうだ。そう言われてもな――そう言ったのだが、アリアもルシャも――別に構わない――みたいなことを言ってるので困っている。
ヘイゼルに声をかける。アリアも――調子はどう? ちょっと一緒に訓練する? ――と声をかけて訓練場へ入っていく。
アリアが離れたのをみて、冒険者連中が俺のところにやってくる。
――なあ、ユーキよ、お前、前の騎士団長からあの元従者の子、寝取ったってマジ?
なんだそれは。どこからそんな酷い話がでてきたんだ。
――デイラとマシュが言ってたぜ。それにお前は隣部屋の頃からスゴかったって。
いや毎晩すごかったのはあいつらでしょ……。
――ユーキが唾つけてる子なら手を出しづらいなあ。
保護者だけど誠実に付き合うなら何も言わないって。ていうか俺って何なの?
――《陽光の泉》のヒモなのに他所の女に手を出す男。
ですよねー。知ってたわ。
◇◇◇◇◇
俺とアリアはまた、いつものように孤児院に立ち寄る。ミシカとヨウカも今日は居るようだ。
ミシカは先日、約束通り頭を撫でてやった。――大丈夫。怖くないです――そういって俺の手を取ったのだった。そしてヨウカがアリアに浮気だと言いつけるまでがセットだった。ヨウカはアホの子だな。あいかわらず。
今日は二人もルシャと一緒に庭の香草を摘んでいた。ルシャはあれから薬草についてたくさん学んでいる。薬草の知識だけじゃなく、栽培まで学んだ者はそうそう居ないんじゃないかと思うんだが、どうなんだろう。
ルシャが駆け寄ってくる。
――ユウキ様、どうですこの薬草の出来。香りが強くておいしそうです~。
ルシャは花より団子だな。でも、気持ちはわかるよ。菜の花とか綺麗よりまずおいしそうだもんな。ちなみに菜の花はこっちにもある。
――おいしいお花ですよね。
ほらね。
――今日はゆっくりなのね。私は久しぶりに早起きしたわ。
キリカが出てくる。珍しいな、どうしたのかと聞く。
――遺跡探索を本格的にやってみようと思ったの。そろそろ祝福とも折り合いをつけようかと思って調べもの。
なるほど、彼女は盗賊の祝福には思うところあったもんな。しかし遺跡探索か。どこか手近なところであっただろうか。
――朝から引っ張り出すな……。
リーメも出てくる。珍しい。
――魔法文字を教えさせられてた。
あれか。ときどき翻訳されないやつ。
――覚えないと古い遺跡は探索できないのよ。孤児院にもいくつかあるけど。
まあ頑張ってくれ。俺は日常の読み書きだけでもういっぱいいっぱいだわ。
キリカと不機嫌なリーメ、それから薬草を摘みおえたルシャたちを後に、俺はアリアといつもの場所に寝転ぶ。太陽が眩しいが、少し涼しいくらいのこの辺りの気候には心地いい日差しだ。まだしばらくは暖かい日が続く。隣の赤い髪の少女も幸せそうに伸びをする。
「天気いいね」
「そうだな」
「ひだまりだね」
何度目かのその会話に、アリアと笑いあった。
いつまでもは続かないのかもしれない。
だけどそれはまだずっとずっと先の話だろう。
今は、こんなひだまりのような日々に甘えたいし、大切にしたい。
第三部 完
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