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第1話 騎士団長
「――よって、北の辺境領への転属を命じる」
突然言い渡される。ここはどこだ? 俺に向かって言ったように思えた。いや、確かに俺に言った。頭が混乱してふらつくが、従者に支えらえる。
「記録には残らないがこれは実質、王都からの追放にあたる。心するように」
大臣が付け加える。大臣? ああ、大叔父か。公の場では大臣閣下と呼ばないとな。追放? 追放だって? 誰が? 俺が? なぜ?
「どうかお気を確かにお持ちください」
従者が歩く俺を支える。男の格好をさせているが、この従者は実は女だ。いろいろと便利なので連れている騎士見習いだ。便利? 何が便利なんだ?
「団長閣下! 私の立場は守ってくださると仰ったではございませんか! 閣下!」
しつこく付いてくる女が居る。こいつ、地位を上げてやると何でも言うことを聞いていたのに、その言いようは何だ。鎧を着たままヤられるのが好きな変態が! 騒ぐな! 耳鳴りがする! え、なんだって? 俺はそんなことをしたのか?
「うるさい。入ってくるな、吐き気がする」
俺はその女を部屋から締め出した。従者にも入れるなと告げる。いや、必死に訴えているんだ、少しくらい聞いてやれよ……。あれ?
「リュース様、王都から左遷されると伺いました。わたくしは付いて行くつもりはございません。リュース様責で婚約は解消させていただきますがよろしいか?」
婚約だって? あんたは誰だ? 俺の婚約者じゃない。そう漏らすと彼女は去っていった。
「俺の婚約者は……」
部屋にかかる小さな鏡が目に入る。
「俺は……」
目の前の鏡に映ったのはやつの顔だった。あの執拗に嫌がらせを続けてきたあの悪人の顔。騎士団長エイリュース……が俺? これあれだ。悪役令嬢とかに転生するやつ。それでそういう断罪イベ――やや、そうじゃない。最近まで目の前に居たやつに転生してどうする。
徐々にだが意識がはっきりしてくる。さっきまで自分は自分自身のことを騎士団長だと思っていたはずなのに違う。俺はユーキ……そう、篠原 祐樹だ。
◇◇◇◇◇
「ああ、その、えっと――従者さんの名前はなんだっけ」
「はい?」
「従者だということはわかるんだが、名前を」
「ああ!」
彼女は両手をポンと打つ。
「――そういうことですね。どなた様のお名前をお名乗りすればよろしいでしょう。聖女様ですか? ルシャ様でしょうか? 何なりと仰せのままに」
「いや、ルシャは俺の婚約者だよね」
「はい! わたくしはエイリュース様の婚約者です!」
「……いや、そうじゃなくて……俺は頭が痛くなってきた。少し寝る」
「承知いたしました。いつものようにルシャの胸でお眠りください」
だめだこいつ――おれは全てを諦めてベッドに突っ伏した。
◇◇◇◇◇
目が覚める。目の前にはお胸がふたつ。なんだまたリーメか。アリアに怒られるぞ――体が重い。髪がまとわりついて気持ち悪い。昨日はおかしな夢を――体を起こしてみると、ベッドに寝ていたのはダークブラウンのベリーショートの女性だった。
「ひっ……」
えっ、だれこれ、なんで? 昨日の記憶があやふやではっきり思い出せない。とにかく、目の前の知らない女性が裸で居るのはいろいろマズい。彼女をシーツで隠してベッドから立ち上がる。長い金髪がたらりと顔の前にかかる。金髪?
長い金髪は俺のものだ。両手の上に乗せる。手の震えが止まらない。昨日の記憶が蘇ってくる。俺は途中まであいつだった。でもはっきり言える。今の中身は俺だ。大臣が大叔父とか言っていた気がする。あの女騎士と令嬢は誰だっけ。そして後ろで寝ているのは……。
「おはようございます、エイリュース様。えっと、今朝は……お優しいのですね……」
シーツに身をくるんだ彼女が俺に声をかける。間違いなく俺だ。エイリュースと呼んだ。あの騎士団長の名だ。
「俺はエイリュースなの? あの騎士団長に見える?」
「はい。あ、ですが申し訳ございません。大臣様より団長の座は降りるようにとお達しが……」
「北の辺境へ?」
「あ、はい……」
「……昨日なんか女性が二人来なかった?」
「はい、騎士団のアイネス様と……ご婚約者のユネ様がお越しになられましたが……」
「君の名前は?」
「えっと、昨日の続きでしょうか?」
「いや、そうじゃなく本当の君の」
あの能力もあったが、できるだけ女性には使わないようにしていた。
「ヘイゼルです。普段はヘイムと呼んでおられて」
ダークブラウンの髪の彼女は少し寂しそうな顔をした。
「あ、ああ、そういえばこいつが男の格好をさせてるとか。すまない」
「い、いえ、とんでもございません。わたくしの役目ですから」
「申し訳ないし、これからはヘイゼルでいいよ。あと服を着て。女の格好でね。向こう向いてるから」
「よろしいのですか! 承知いたしました!」
それよりもまずは現状の把握だ。昨日、俺は何をしていた? 朝からの記憶がない。その前の日は? 夕飯は下宿でみんなととったはずだ。夜はアリアと一緒に居た。キリカがギルドで人気があって、腕利きの冒険者が腕試ししているだとか、言い寄られてるだとかいう話をしていた。アリアは嫉妬する? ――とか聞いてきたな。
じゃあ、寝てから目が覚めて――どこかに出かけた気がする。アリアに支度させられてた。窮屈な服を着た覚えがある。――孤児院で馬車に乗ったということは城か?
「お加減が悪いようですが、朝食はいかがされます?」
いや、それよりも――俺は簡単に身支度を済ませて――というよりはヘイゼルさんに手伝ってもらって服を着た。
「ヘイゼルさんは《陽光の泉》の――」
名前が出てこない。喉の奥に何かが詰まって吐きそうになる。慌てて彼女が駆け寄る。
「《陽光の泉》……の、リーダーの男を知ってるかい?」
「いえ、存じません。ただ、エイリュース様が……ときどきお怒りになられていたことは存じています」
「そうか。ありがとう」
「お礼など……。それに、わたくしめに敬称など必要ございません」
「そんなことはないよ。今までこんな奴に使われてたんだろ」
ヘイゼルは従者にしてもちょっと遜りすぎだよなって思う。どうせこいつが悪いんだろうけど。彼女は俺の様子がおかしいことに気付いてはいるが、あまり突っ込んでは来なかった。俺はそれどころじゃなかったが。
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