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第2話 従者の少女
俺は着替えるとヘイゼルを伴って廊下に出る。城の一角ではあるが、あまり記憶になかったため、ヘイゼルに案内してもらう。彼女は俺の態度にいちいち不思議そうな反応を示していたが、今はそれどころではなかった。まずは……。
「ハルとアオの……勇者たちの部屋を教えてほしい」
「えっ、あっ、……でもその」
「無理か?」
「い、いえ、ただ……、宜しいのですか?」
「他に手が無いんだ。頼む」
ヘイゼルは困っていたが、無理して案内してもらった。彼女は従者と言えど、昨日と違って女性だとわかる格好をしていた。すれ違う人が驚いた顔をしている。俺はそれどころじゃないから無視して歩き続けた。
◇◇◇◇◇
途中、見覚えのある区画に出たとき、少し先をアオとルシャらしき人物が歩いているのを見かける。
「ルシャ! ルシャ、俺だ! ――」
駆け寄りながら声をかけるも、続く言葉が出てこない。急にこみ上がた吐き気を抑えてふらついていると、アオがルシャを庇うように立ち塞がっている。俺は駆け寄ってきたヘイゼルに支えられる。
「ア、アオ……、ルシャと話がしたいんだ……」
「馴れ馴れしく呼ばないでくださいますか!」
「い、いや、俺はこんな見た目だが……」
「聖女様には近づかないお約束では!」
「ち、違うんだ。ルシャ頼む。俺は中身は……ぐぷっ、ぐぇ」
「ルシャ、行きましょう!」
ルシャが……行ってしまう……。彼女は酷く怯えた目をしていた。後を追おうとするが、彼女たちの住む離宮に至る通路で衛士に止められてしまう。俺は名前を呼び続けたが彼女は振り返ることはなく行ってしまった。
「どうすればいい……。街へ出てみるか。大賢者様は……」
「エイリュース様、明後日の出立の準備をいたしませんと。それから大臣様より外出は控えるようにと」
◇◇◇◇◇
その後、部屋に戻ったが、俺はアオたちと揉めたことからか、ヘイゼルの他に二人、衛士を付けられた。軟禁されているわけではないが、いちいち行き先を尋ねられ、ついてこられた。
「ヘイゼル、すまないが大賢者様と会えるよう掛け合ってみてくれないかな。その……大事な話があると」
ユーキからとは言えなかった。
ヘイゼルはすぐに大賢者様の屋敷を訪ねてくれたが、芳しい返事は貰えなかったようだ。だがそこは想定内だった。あの大賢者様がこの評判の悪い騎士団長にそうそう会ってくれるわけがない。俺はヘイゼルが使いに出てる間に手紙をしたためて――いや、したためるなんて状態ではなかった。何とか言葉を紡いていた。
「ありがとう。悪いが後でもう一度、手紙を届けに行ってくれないかな」
喉が渇いただろう、お茶にしよう――そういって俺はお茶の準備を始める。
「エイリュース様!? お茶でしたら、わたくしが準備いたしますので!」
「や、お茶を入れるのは得意なんだ――あれ?」
おかしい。タイマーが出ない。それどころか鑑定結果が出ない。
「なんで?」
「お任せください。お茶を淹れるのは得意ですから」
戸惑っていると、お茶の淹れ方がわからないのかとヘイゼルが勘違いをして、代わってくれる。
「あ、ああ……」
目を閉じる。鑑定――スクリーンが出ない。魔法――魔女の魔法は出るが、いくつかの覚えた魔法が別のものに変わっている。これは騎士団長が祝福以外で覚えた魔法なのか? 鑑定は? 賢者の祝福はどこに消えた? 騎士団長の祝福であった剣士は?
街に逃げ出したい気持ちで溢れる。だが衛士に止められたうえ、騒ぎになるだろう。ヘイゼルを使いにやっている間にいろいろ試してみたが、今の俺は常人離れした腕力もないし、剣士の祝福も使える様子が無い。大臣は実質の追放と言った。これ以上自由が無くなるとまずい。
◇◇◇◇◇
ヘイゼルが戻ってきた。手紙は渡せたようだ。どうにか大賢者様が読んでくれれば……いや、ユーキという名前は結局書けなかった。《陽光の泉》のリーダーとは書けた。他はもう、みっともなく窮状を訴えるしかなかった。だがあの人のいい大賢者様なら助けてくれるだろう。
ヘイゼルは出立の準備を行ってくれていた。こいつ、結構な財産持ちだな。服やら装飾品やら大量に持っている。ヘイゼルは下男たちを使って荷物を準備させていた。何か手伝おうか――と声をかけると、驚いた顔をして――大丈夫ですよ。ゆっくりしていてください――と座らされた。
◇◇◇◇◇
準備は結局夕方まで続いた。片づけを終えると、ヘイゼルは忙しなく夕食の準備を始めた。
「いつもこんななの? 騎士見習いなんだよね。自分のこととかは?」
「わたくしの荷物は少ないので大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「あ、いや、そうじゃなくていつも一人でこんなたくさん仕事をしているの?」
「はい?」
「す、すまない。こいつが……俺がさせているんだよね。手伝えることがあればやるから、もう少しゆっくりしていいよ」
「今日はとてもお優しいのですね……」
感慨深げに言う彼女。
「俺は普段は優しくない?」
「い、いえっ、そういうわけでは! 申し訳ございませんっ」
「やや、そうじゃなくてさ、おれはこいつの中身と……ぐぶっ」
駄目だ! 誰かに現状を伝えようとすると喉の奥から込み上げてきて喋れなくなる。ヘイゼルが背中を擦ってくれる。
「おつらいことが続いたのですね」
◇◇◇◇◇
夜になるとヘイゼルは従者の部屋へ戻っていった。俺も明日に備えて眠ろう。大賢者様だけが頼りだが確実ではない。ルシャはよくアオのところに通っていたからどこかで会えるかもしれない。アオは聞く耳を持たなかったが、ハルなら少しは話を聞いてくれるかもしれない。あいつは人がいいから押しには弱いはずだ。
眠ろうとするとノックの音が。まだ何か――声をかけるとヘイゼルが入ってきた。入ってきたのだが、薄手の服? 下着のようなものしか纏っていない。
「こちらに控えさせていただきます」
彼女はベッドから少し離れたところの壁際で立っている。
「え……っと、あの……」
「はい」
「こいつ……俺っていつもそんなことをさせているの?」
「はい?」
「ちょ、ちょっと記憶が混乱していてね。いつも俺はどうしていた?」
「このまま立っているか、枕にしていただくか、……夜のお相手をさせていただいておりました」
なんだって? このクソ騎士団長、従者に何をさせているんだ!
「ええ?? 立ってるってずっと?」
「はい。ですが、余程、エイリュース様のお機嫌が悪いときでなければ」
「いやいやいや、おかしいからそれ。そんなことしなくていいよ」
「今晩はお相手をすればよろしいですか?」
「それもおかしいから。なんてクソ野郎なんだこいつ……いや俺は」
「そのようなことはございませんよ」
「いや、自分の部屋で寝ていいよ」
「そんな……何かお気に障るようなことを」
ヘイゼルは悲しそうな顔をする。
「いや、従者に夜の相手とかおかしいから。部屋に戻ってゆっくりしな」
ヘイゼルは困惑していたが、やがて悲しそうに部屋に戻っていこうとする。
「待って! それ何? ちょっと見せて」
俺は彼女を呼び止める。彼女の背中から腰に掛けて、痛ましいほどの傷がたくさんあった。それほど新しいものでもないが、たくさんの傷痕があった。
「それは……」
「……」
「覚えていらっしゃらないのですか?」
俺は頭を殴られたような感覚に陥った。なんだコイツ。何やってるんだ? こんな従順な子に何をやってるんだ?
「そんな……なんて酷い。君はどうして逃げないんだ? こんなひどい扱いを受けて」
「……あの、お忘れですか? 公爵様が亡くなられてからあと、わたくしにはもう行き場はございません。エイリュース様が引き取って騎士見習いとして置いてくださっているのです」
「すまない。すまなかった。ほんとうにすまなかった」
俺に責任があるわけではない。だが、この体の今の持ち主として何らかの謝罪をしたかった。ヘイゼルを抱きしめて俺は涙した。俺はずっと自分のことで手いっぱいだったのに、目の前にはもっとずっと酷い目にあってきた少女が居て、彼女は俺の心配ばかりしていてくれたのだ。
「俺はその、なんというか、昨日までの記憶がほとんどないんだ。だから助けて欲しい。そして君を助けて幸せにしてあげたい」
「承知いたしました。大丈夫です。わたくしは十分幸せですよ。その、今日は特に……」
できれば夜のお相手をと言ってきたが、丁寧にお断りした。君にはもっとちゃんと大事な人が現れるからと。そして離れようとしないので、彼女のベッドまで送り届け、寝かせて頭を撫でてやったら落ち着いた。
俺は自分のベッドに腰かける。
「こいつほんま……」
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