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人畜、焼肉屋を始めるよう
薄黄色い壁は硫黄のエキスに溶かされてヌルっとして見え、電源の消えたテレビは黒い粉末状の銀バエの身をばらまいている。茶色の食卓のテーブルは緑黄色の海水に浸されて腐った流木でできて、ピンク色のカーテンは人の皮膚の鮮血のにじむ裏側を垂らしているように見える。
家は臭いで飽和しているようにボクの目には映る。実際に鼻孔を刺激するわけではなく、腐敗して見える。夢みたいに色とりどりのプロジェクションマッピングが悪臭を放っている。
ボクが見る異臭の原因は分かりきっている。住んでいる人への嫌悪感だ。忌み嫌う気持ちがその人の体臭となって時間とともに家にも染み付いている。
「慎太郎、聞け。今度なァ、俺は焼肉屋さんになるんだ」
四十代の男は四つん這いになった同い年の女の背中の上に生の赤い肉を一枚置いて、じゅー、と言っていた。肉から桃色の血みたいな汁が女の脊柱に沿って垂れた。汁に濡れた背に男は舌を這わせる。舐めたところに歯を立て歯形も付けていた。二か所赤い点もできた。
この二人がボクのお父さんとお母さんで、二人が一番仲良さそうにしている時間だ。
八月の熱帯夜の十時、月曜九時のドラマを観た後、アンムアンムアンムとお父さんが蒼黒い色の唇を動かすと、お母さんは機械仕掛けのように服を脱ぎ始めた。お母さんのガリガリを超えてギッチギチと骨の表面に沿って皮膚が貼ったみたいな体が見える。
茶色い肌を晒した全裸のお母さんは、猫の糞でできたように錯覚する。ますます鼻がひん曲がりそうだ。
「聞いているか? 慎太郎」
顔をしかめていると、生肉をクッチャクッチャさせながらお父さんに顔を覗き込まれた。ゴムのような唇からちょろちょろ肉のピンク色の脂身の端が見える。口の周りに生えた無精ヒゲに唾が飛んで白い泡が付着していた。
「き、聞いているよ。焼肉屋さんに、な、なるんでしょ」
お父さんは肉を飲み込んでからニチャリと笑む。デキモノで赤い斑模様になったお母さんの背中に再び肉を置く。
「じゅー、じゅー。どうだ慎太郎、うまそうだろォ? 食ってみたいか? かなり上等な信州牛だからな絶対美味いぞ」
ボクの住んでいる松本市では信州牛が最もメジャーなブランド牛だ。なのに赤身がお母さんのデキモノの寄せ集めのように見える。
「うん、美味しそう、だね」
とりあえずお父さんに合わせるしかボクの選択肢など用意されていない。
「よォしっ、慎太郎、この肉食べろっ」
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