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「ここはアライグマの肉を出す焼肉屋なの?」
和馬君に聞いてみたが彼も首を傾げるだけで、何も言わなかった。店の前に到着した。扉の横に旗が一つはためいていた。黒地に赤い文字で「生きる希望を与える店」とある。
緑の扉のノブには「生きる希望を提供中」と書かれた板がかかっていた。裏を見ると「心を込めて希望を注入中」と書かれていた。
「一応やっているみたいだね」
ボクたちは扉から離れて店の周囲を見て回った。窓を見つけたので中を覗いた。
「人が結構いるな。物珍しいからかな」
和馬君の言う通りだ。店の中にはカウンター席とテーブル席があった。窓の近くにはテーブル席があり、四人家族が肉を食べていた。全員幸せそうに笑っていた。他にもテーブル席はあり、老夫婦から学生カップルまでいた。カウンター席には数人の男性客が一人飲みをしていた。
カウンターの中には店員が何人かいた。全員中年の男たちだ。驚きで口の中の水分が一気に飛んだ気がした。その中に一人知った顔があった。制服なのか白いキャップをかぶっており、目元がよく見えないが口元の無精ヒゲですぐに分かった。
「お父さんだ」
つい大きな声が出た。夏休みに言っていた焼肉屋がこの「生きる希望を与える店」だった。すぐ近くにいた和馬君が、マジかどれと言いながら咳き込んだ。
「あの、ヒゲの濃い人」
お父さんを指さした瞬間、目が合った。窓の外から自分の息子が覗き込んでいる姿を見て、ニッと笑った。お父さんは手招きしていた。
「来いって言っている。どうする、入ってみる?」
「入ってみようぜ」
和馬君の目が輝き始めた。やはり焼肉が食べられると思うと、怪しい店だろうが何でも良いのか。和馬君はボクのお父さんについて、夜中に出て行っても怒らない人とだけ認識しているはずだ。
緑の扉を開けて中に入った。肉の焼ける音やタレの甘じょっぱい匂い、キムチの酸味を含んだチャキチャキした独特な匂いが溢れていた。お父さんがいるためか、下痢便のまったりとして歪な甘さを含んだ悪臭も若干混ざっている気がしなくもない。
いらっしゃいませ、と言わず、ようこそ我がカーニバルへとお父さんは出迎えた。
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