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全く火に当たっておらず、黒マグロの刺身にも見える、テロテロした薄い肉が鼻の先にやって来た。
「でも赤いうちは食べちゃいけないって、お母さん言っていたよ」
お母さん本人は四つん這いになったまま何も言わない。焼肉屋のテーブルになりきっている。
「大丈夫さァ。それは豚と鶏の話なんだ。牛は赤くても食べられるんだぞっ。通は逆に赤いまま食べるんだぞっ」
何度もボクの目の前に生の肉を突き付ける。こんなグロっと赤いお母さんの傷みたいな肉はいらない。
急いで立ち上がり、リビングから逃げ出した。扉を開け閉めする音と一緒に背後からお父さんの楽しそうに喚く声が追う。
「ちょっとォ、待ってくれよおォ、慎太郎くゥん」
階段を駆け上がって逃げるも、後ろから大きな足音がドンガンと追って来る。お父さんの足音に追われてボクの鼓動も速くなる。
二階に上がると廊下が真っ直ぐ伸びており、ボクの自室は一番奥にある。いつもより遠く見えて逃げ切れそうにない。
「待ってよおォおォ、慎太郎くゥんん」
お父さんの気配がどんどん濃くなる。このままでは捕まる。ボクは自室に逃げるのは間に合わないと判断し、廊下の途中にあるトイレの中に籠った。
休む間もない。すぐにドアノブがポルターガイストじみた動きで高速で上下する。次いでノックの音がドンスカ威嚇する。
「まァったく、慎太郎君は子供なんだからァ」
外から鍵を使って施錠を解かれた。鈍い破裂音と共に扉が開き、お父さんがトイレになだれ込んだ。鼻に中国に旅行した際に食べたチョウドウフを詰められたように臭い。
抵抗しようとしたが。脂で塗れたお父さんの人肌が黄蛇のようにボクの首に巻き付き、完全に捕獲された。
「ヒャッホー。さあァ、慎太郎くゥん、お肉を食べるんだっぞォおお。うんまい肉なんだから、遠慮せずに食いなってよォおお」
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