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「そうだよな。やっぱそうだ。私も慎太郎君くらいの時期は何でも知りたくて仕方がなかったからな。教えてあげましょう。貴子さんと再会した陽郎君は、最初は椎野さんの代役にしようと考えていたのですよ」
伊藤教授も喋りながらボクの方に近寄って、背中を叩いてから部屋の奥にある白いアルミの扉を指で差し示した。教授は扉に向かって歩を進めるので、ボクもついて行った。
「陽郎君は溶舌する前の浣人たちのお話と世話役をするように貴子さんに頼んだ。貴子さんも元々同じ研究室で共に時間を過ごした時期があるから、理解があると思ったのでしょうね」
白いアルミの扉を開けた。後ろから森先生も船橋さんも続いて来て、四人で扉の向こう側に入った。白い床の廊下が伸びており、左右にドアノブのない扉が並んでいた。革靴の音を立てながら歩く大人たちに混ざって廊下を進む。
「貴子さんは気が小さくて断れない人だからね。陽郎君から何度も頭を下げられて、結局椎野さんの後釜に座った。だけど、椎野さんは話したり、話を聞き出したりする才に長けていた。貴子さんには会話の技術がなかった。陽郎君は頭を抱えていたよね」
廊下は終わり、突き当りにやはりドアノブの付いていないアルミの扉があった。廊下を進むにつれて、建物に籠る死臭が強烈になる。
「でも、貴子さんは真面目だからね。椎野さんがアンナと会話をしている映像を何度も見て対浣人の会話のパターンを何個も作り出して、浣人とだけは完璧な会話ができるようになったんだ。そしたら椎野さんの自死から喪失感を抱いた陽郎君の心にしっかり貴子さんが嵌り込んだんだ。あっ、ちょっとここの部屋を見てくれ」
伊藤教授は扉の右側を押すと扉が開いた。電気を点けると、ボクの自室くらいの広さの、天井がやけに低いクリーム色一色の部屋が広がっていた。中には小さな姿見が一つ置かれている。
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