何も考えていない人間の醜さ

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「先生、上手ですねえ。いやあ、最近は浣人の肉ばっかり捌いているから、牛肉を見た時の安心感がハンパじゃないですね」  船橋さんの言葉を聞いて森先生が何やら調子に乗り出した。二人で脂っぽい笑い声を発していた。楽しい雰囲気を作ろうという努力をしているに違いない。呆れもあって上辺の笑みも浮かべる気にならない。  一応ボクも二人に倣って卓袱台を囲むように座った。さっき胃の中の殆どを出したために豆腐や野菜は胃に入れようと考えていた。体力がなくなっているため、エネルギーを本能が欲していた。  「慎太郎君、今日で君のお父さんがどんなに酷い研究をしているかよく分かったよね」  溶き卵の中で豆腐を崩していると、船橋さんから肉をクチャクチャさせながら話しかけられた。目線を豆腐の断面に向けたまま頷くだけ頷いた。 「伊藤教授は君を後継者にするとか何とか言っていたけど、あんな言葉は絶対に聞いてはいけない。お父さんの悪行は息子である君が止めるべきなんだ」  熱弁が始まりそうな勢いだった。言葉の流れを止めようと、聞かれたくないであろう話題をわざと天然を装って振ってみた。体調が悪く気を使う余裕がないという印象もあって自然に聞けた。 「船橋さんは、お父さんと一緒に研究をしていたのですか?」  案の定船橋さんは黙り込み、エノキを溶き卵の中で無意味に揺らしていた。 「んまあ、そうだね。一緒に研究をしていたっちゃあ、していたと言えるのかな。まあ、そんな進んでやっていたってわけじゃないんだけどさ」 「研究の中で何をやっていたんですか?」  喉がモーター音みたいに鳴り出した。森先生も気になるのか、食事に集中するふりをしているように見えた。 「そんなん別に良いじゃん。昔の話なんだからさ。ほら、慎太郎君、肉だぞ。肉。肉食べないと」 「教えてくれたら食べますよ」  ボクは船橋さんがどういう人なのか分かっているはずだ。この人には少しくらい当たりを強くしないと駄目だ。 「そうだねえ、そのお、何て言えば良いのかな。浣人の、指の切断とか、偏桃体の除去とかって言えば良いのかな。森先生、どう思う?」
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