お父さんの思う正義、人間の罪と役割

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 先生は和馬君の部屋をノックして、声をかける。 「和馬、先生だ。まずは謝りたいことがあるんだ。前に人肉館から人の叫び声が聞こえたって話してくれたよな。あれは本当に普通の人間の叫び声じゃなかったんだな。悪かった。俺は和馬の言葉を信じてあげられなくて本当に後悔している」  部屋からは物音一つ聞こえない。眠っているのか起きているのかも分からない。 「かずかずチャン、可愛いお声で返事をしてチョウダイ」  先生の隣から和馬君のお母さんが、甘々なポッピングキャンディを弾丸にして援護射撃した。彼のお母さんの話は一度も聞いたことなかったが、ギョッとするほど気持ち悪く感じた。  自分の子供に「かずかずチャン」など、正気の人間なら人前で呼べるわけない。 「今、和馬は悩んでいるんだよな。分かっている。今の先生は全てを受け入れられる。だから前みたいに何でも聞いてほしい。前の先生よりも絶対に力になれるから」 「先生、かずかずチャンは……」  森先生は心配そうなお母さんにキリっとした目を作って頷く。 「あと、和馬を心配しているのは先生だけじゃないぞ。四年二組のみんなもだ。今日も慎太郎が心配して来てくれたんだ」  熱血教師もののドラマのような展開を期待しているのか。だが、実際はドラマチックな大波は起きずに湖面みたいな水平線が続く。朽ちかけたししおどしが、ネッタリと音を立てたような虚しさだ。  和馬君は眠っていると結論に至って森先生は和馬君のお母さんと少し話してから、家を後にした。先生は意識的に架空のお兄さんの仏壇について触れないようにしていた。  ボクは自宅へと帰路に着き、先生は学校に戻る。途中で、先生はボクの名前を呼んだ。 「慎太郎。大丈夫か?」  三日前、ボクが先生の自宅のバルコニーで泣き喚いていると、強制的にゲロで汚れた車に押し込まれて家に帰された。恐らく、その時の対応を悪いと思っているのだろう。だから、心配しているように声をかけたに違いない。 「慎太郎も辛い時は、先生に言いなさい。この前大学で知ったこと、かなりショックだったと思う。だけど、絶望しないでほしい。慎太郎の人生は、慎太郎のものだから」  全て先生が大学に連れて行ったせいではないかと言いたいが、何となく飲み込んだ。先生は自分がどうすれば良いのか分かっていないようだから。そんな人に何を言っても無駄な気しかしない。  自宅に戻る頃には日がすっかり沈んでいた。太陽が沈む時間も段々早くなっている。リビングでは既に食卓の上に料理が並んでいた。今日は肉じゃがだった。
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