カーニバルの佳境、青紫に燃えるお父さんの正義

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「ちょっと冷やす必要があるから、それまでの間はこっちで繁殖の方法を見せてやっぞ」  お父さんは浣人を一人一人見渡していた。 「あっ、そうだそうだ、和馬君や。愛しのレイチェルちゃんはどれか分かったかなァ」  和馬君は枯れた低木みたいに、床の上で干乾びて首だけこちらに動かした。弱った体と心に、さっきの熱湯殺菌の光景は衝撃が強すぎたに違いない。 「多分、この端っこにいる子じゃないですか。プレハブの中でも、レイチェルはいつも隅の方で固まっていましたから。彼女はとても臆病な子でした」  さすがは和馬君だ。包帯巻きにされていてもどれがレイチェルか分かるみたいだ。 「ファイナルアンサー?」  お父さんの喜色たんまりの声に、和馬君は何も答えなかった。しばらく二人は見つめ合った。お父さんは猫のような目で、怒る和馬君を舐めるように見つめる。 「ぶゥっぶうー。この子は、レイチェルではありまっせえんでェしったァ」  グルグル巻きにしていた包帯を取った。レイチェルではないと言われても、ボクには分からなかった。 「じゃあ、どれがレイチェルなんですか」  廃屋で負わされた心の傷を刃先でほじくり返されているのか、和馬君の顔は苦痛で曲がっていた。 「正解はァあ」  お父さんは口でドラムロールを再現しながら、ゆっくり弾む足取りで徘徊し始めた。 「ジャッジャンッ。この中にはあ、いっませェんでしったあ」  お父さんの顔に満開のツツジ色の笑顔が咲いた。 「ふっざけんなよ、てめえ。ぶっ殺すぞ」 「そんな怒らないでよ。ただの家畜に本気にならないで」 「本当のことを言って下さい。本当に正解はどれがレイチェルなんですか」 「ほおんとうの正解はねェえ」  再びお父さんはドラムロールをマネしながら徘徊を始めた。 「ほおんとおの正解もおォ、この中にいません、でっしたァあ。レイチェルちゅわんはァ、もうオッサンの腹の中でェすゥ」  イエーイ、とお父さんは高い声を出した。和馬君はただ体を震わす。 「さあ、それでは気を取り直して繁殖のやり方を教えましょ。折角だから、さっき和馬君が選んでくれた、この浣人を使って繁殖させましょっかね」  選ばれた浣人は隅っこでジタバタした。お父さんは右手で首を絞めて弱らせた。 「おっ、この浣人まだ蓋付いてんじゃん。やったあ、慎太郎。ラッキーだなァ。やっぱり今夜はカーニバルになりそうだァ」  お父さんは床に落ちていた果物ナイフの柄を握った。
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