ようこそ、人肉館へ。

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「ここに全裸の男の霊が出るんだってさ」 「それって、ただのやばい人なんじゃなくて?」  ここに来て、今更ながら変質者の可能性があったと気づく。 「いやいやいや、霊だっていう証拠があったって言うんだ」  和馬君の兄の友達によると、その全裸の男は一人でいたわけではなかったようだ。 「髪の長い女の人も一緒だったみたいなんだぜ。しかも、その女の人がマジでやばくて、足がなくて匍匐前進で動いてたんだって。それってさ、てけてけなんじゃねって。だから、その男の方も幽霊に違いないって」  てけてけなら知っていた。北海道か東北のどこかで電車に轢かれて上半身と下半身を切断されて絶命した女性の亡霊だ。てけてけは下半身を求めて彷徨い、生きている人間の下半身を鎌で刈っている伝説がある。 「下半身のない女性がいたっていうと、てけてけしか考えられないな」 「だろ? 俺が思うにはさ、その全裸の男性はてけてけのお父さんなんじゃないかって思うわけ。全裸なのは、寒さの中で凍えるように死んでいったてけてけに自分の服を着せてあげたんじゃないかって」  和馬君の後に続いて人肉館に入った。コンクリートから発せられる冷気で中は鋭利なカミソリの替え刃みたいな空気で満たされていた。 「なんじゃこりゃ」  横から恐怖ではなく、意味不明に対する驚嘆の声が聞こえた。  和馬君が光を当てたところを見た。大量の植木鉢が壁際に沿って並んでいた。確かに廃墟の中に植木鉢がある意味が分からない。よく見ると鉢の中にはしっかり土が盛られていた。 「なんじゃこりゃ、変だぞ」  隣から聞こえる声は震えて上ずっていた。懐中電灯の光で三百六十度照らし出した。錆びた冷蔵庫やバーナー、コンクリートの残骸の前に鉢が大量に並んでいる。ボクたちは植木鉢に囲まれていた。 「アレすごい、ちょっと待って」  ボクの目が何か捉えた。懐中電灯の光によって一瞬不気味の輪郭が浮かび上がった。懐中電灯を貸してもらって、不気味があった場所を再度照らした。  詰まった短い悲鳴が和馬君の喉から出た。白い光は赤茶色い血痕を浮かび上がらせていた。血が飛び散ったレベルではなかった。七百二十ミリリットルのペットボトルのトマトジュースを全てぶちまけたような大きな痕だった。 「てけてけだ。てけてけが下半身を。やばあいい」  和馬君は叫び声を上げて人肉館から飛び出した。ボクも呆然としていたが、力を振り絞って彼と一緒に逃げ出した。  彼は慌てて自分の自転車を倒して、ひぃひぃ言いながら立たせてそのまま自転車を思い切り漕いで逃げた。ボクは本当にてけてけの仕業なのか分からないなと未練を残しながらも追って行った。  和馬君の背中は紺色のTシャツに大きな汗の跡ができていた。汗の跡の形が血痕を思い出させる。あの血と大量の植木鉢は何だったのか。正体不明の不気味が脳内に染み付いた気がする。  あそこで何か起こりそうな気がしなくもない。
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