人肉館にて、見たことのない小屋と遭遇

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人肉館にて、見たことのない小屋と遭遇

 それから数週間が経ち、十月に入った。上高地の白樺の葉が黄金色に色づく時季だ。人肉館に行った日から、和馬君から声をかけられなくなった。驚いて一目散に逃げ出した姿を見られて恥ずかしかったのか。それだけじゃない気がしなくもない。  朝から夕方まで一人で過ごして、そのまま帰宅して、夜も一人で過ごす日が三週間ほど続いた。食後、お父さんとお母さんは二人寄り添って大人の吐瀉物味のプリンを作っているような、気持ち悪くて仲良しな空間を生む。カラメルのように汚物を周囲に散らすので、ボクはなるべく自室に籠っていた。  窓から川面を見つめる。蛍はもう全滅して鈴虫がか細い声を上げる。ため息で窓が白くなる。  ちょっと外に出てみようか。  このまま部屋にいても居心地は良くない。ちゃっく、ちゅっき、ぐちょと音のするリビングには近寄らないようにして、外に出て自転車に跨った。  行く宛があるわけではない。ただ、これ以上家にいるとどうかなりそうだった。十月の冷たくてツンツンした風が顔にかかる。とりあえず学校の方に向かってみよう。  車が一台も走っていない大きな通りに出た。一軒家の家々やガソリンスタンド、スーパー、和食屋さん、釣具屋さんを通り過ぎる。  校門の前にまで来た。灰色の校舎が夜闇の中で無駄に堂々とした雰囲気をまとっていた。  あれ、と思わず独り言を発した。既視感のある自転車が校門の前に置いてあった。人肉館に行った時に和馬君が乗っていた自転車だ。  和馬君も来ているのか、少し待ってみよう。時計を持っていないので、いつまでも待たずに飽きたら去ろう。  校門の前に自転車を並べて停めて、門の向こう側を見つめる。夜の空気がボクの中に渦巻いていたドロッとした家の空気を換気してくれる。何もしていなくても満足だ。  ──本当ですって。見たんですよ  急に声が闇から聞こえた。ボクの中にいた小さいボクがコツンとトンカチでボクを起こした。  ──本当なんです信じてください、あの人肉館で人が叫ぶのを聞いたんですって。  間違いなく和馬君の声だ。どうやら人肉館でまた何かあったようだ。相当焦っているみたいに聞こえる。  ──大丈夫だって。あそこは噂だけは立派なんだからな、どこかの大学生とかが遊びに来ただけだろ。  担任の森先生の声だった。先生はまだ二十代で若く、いつもは誰よりもハッキリした熱血教師風の声だが、疲労が色濃く出て何となく、ひ弱で黒い藻みたいな声質になっていた。  ──でも。でも、あれは普通の人の声じゃなかった気がするんです。
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