【真鍮とアイオライト】番外編 少年は夏空に焦がれる

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「空。青いね」  背中越しに声をかけられた。  手すりに手をかけたまま振り返ると、そこにいたのは人の好さそうな笑顔を浮かべた男の人だった。 「でも、そこ暑くない?」  確かに今日は暑い。夏特有の深い青の空に、眩しいくらいの白い雲が浮かんではいるが、凶悪な日差しを遮ってはくれないから、まるでオーブンで焼かれているようだ。  市民センターの屋上。その端の手すりに寄りかかって僕は景色を眺めていた。田舎の街で高い建物はあまりないから、ここからは随分と遠くまで見ることができる。深い理由なんて、多分ないのだけれど、僕はずっと、そこで手すりの向こう側を見ていた。  夏休みがはじまったばかりの、平日の昼。市民センターのエアコンが効いた図書館や自習室にはたくさんの人がいたけれど、屋上テラスには、殆ど人は来ない。何故なら、暑いからだ。でも、人があまり来ないのは僕にとっては好都合だったんだ。  ずっと、こうして見ていても誰にも何も言われないから。 「こっち、来たら? 涼しいよ」  声をかけてきたその人は手すりから少し離れた場所にいる。そこは一階上のテラスが屋根になっている場所で、僕のいる場所とは違い強い日差しが遮られていた。  強い光と、日陰のコントラストが強くて、顔ははっきりしない。でも、笑っているのは分かる。その人を取り巻く雰囲気は、僕の周りの灼けるような空気とは違って、ふんわり。と、柔らかいような気がした。  それでも、僕は首を横に振った。 「そか。じゃ、ここでメシ食っていい?」  片手に持ったランチバッグを顔の横に掲げて彼が言う。その時に気付いたのだけれど、その人は眼鏡をかけていた。  頷いて、どうぞ。と、示すとその人は小さく、ありがと。と、言って、ひょうたんみたいな形をしたベンチに腰掛ける。変な形だとは思うけれど、その形はこの市民センターのロゴマークだった。 「ここ、居心地いいよな」  その人はベンチと同じロゴマークの入ったポロシャツを着ていた。たぶん、市民センターの職員さんだ。首に職員証を下げている。職員証のケースがコンクリートブロックの照り返しを受けて、白く光っている。  きらり。  目に飛び込んだ白に、ふと、何かを思い出しかけた。けれど、それはすぐに消えてしまった。まるで理科の実験で見た水蒸気みたいだ。手を伸ばしても掴めないのは知っている。それなのに、触ると火傷してしまうのも知っていた。  そんなことを考えている僕の前で、その人はなれた手つきでランチバッグを開けて中からスープジャーを取り出す。蓋を開けると、風に乗っていい匂いがした。 「いただきます」  両手を合わせて、ぺこり。と、その人が頭を下げる。それから、たくさん具の入ったスープを食べ始めた。
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