第14話 文芸部にて 3

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第14話 文芸部にて 3

 あの事件からしばらく経ち、先週末は中間テストが終わったこともあり、渚のお母さんに温泉旅館にまで連れて行って貰ったりした。渚はというと学校でも家でも変わりなく過ごしていた。以前と変わったことと言えば、放課後はうちで過ごすことはほとんど無くなったことくらいか。渚のお母さんと親しくなったのもあるし、何より外が暗い時間に渚を一人で家に帰すのが心配だったから。  あのあと相馬や新崎さんにも事件の内容を説明しておいたが、相馬には――鈴代さんはすごいね。瀬川の立場だったら心臓が持たない――なんて言われるし、新崎さんには――そんな場所でキスする度胸があるならさっさと恋人宣言しなさいよ――なんてことも言われた。  演劇部については、あの姉なんとかさんが転校しただかどうだかという話以外は、来週の公民館での公演に先駆けて週末に校内向けの発表があるという話を聞いていたくらいで、渚にお呼びがかかることはなかった。そしてその宣伝のちらしが配られてきた。 「鈴代ちゃんの原作だからみんな見に来てね!」 「ちょ、ちょっと皆川さん、恥ずかしい」  中間テストの後、廊下側から二列目、一番前の席になった渚は教壇で宣伝する皆川さんに狼狽していた。僕はというと、廊下側から三列目のやや後ろ寄りでそんな可愛いらしい渚の後ろ姿を眺めていた。 「あれ? 鈴代さん文芸部やめたの?」  そう言ってきたのは山崎。山崎は僕の右隣。 「いや辞めてないから」 「そうなの? 去年は二年の先輩が文芸部から演劇部に結構引き抜かれたりしてたって聞いたよ」  ああ、それで文芸部の二年の先輩って少ないんだ。もしかすると三年の先輩も。 「あんな変な先輩が多い演劇部なんか行かせられるかよ」 「姉崎かあ。あでも、文芸部にも居るでしょ? 1-Cの西野って」 「西野? 居るけどあいつがどうかした?」  西野は最近、割と真面目にやってる。小説を書くのが楽しくなったのか、ときどきコミュニティにファイルを投げて意見を聞いたりしている。まあ、相変わらず渚に近づこうとはしているのだが、あのエッチの後からは渚がそこまで親密に相談に乗らなくなったし、僕と相馬の間に座ったりしてガードを固めたりしていることもあって安心はできていた。  山崎はちょいちょいと指先で顔を貸せと指示し、顔を寄せてくる。 「(1-Cの平岡ってちょっとガラの悪いヤツの仲間らしいんだけどさ、文芸部の女子全員とヤるって豪語して――)」 「マジかよ!」 「耳元でうるさい!」 「ごめん……マジな話?」  周りの注目を浴びてしまって慌てて謝る。 「1-Cの知り合いに聞いた話なんけどさ、文化祭の後くらいに言ってたのは本当らしいよ。文芸部ってガラじゃないだろって誰も本気にはしてなかったみたいだけど」  確かに最初に顔を出した時点ではそんな雰囲気はあった。けど今はどうだろう。  とにかく、心配なのは渚だったので今の話をメッセージで渚に送っておいた。  渚はというと、机の前までやってきた鈴音ちゃんと話をしている。  スマホの通知を受け取った渚は、画面を見てこっちを振り返っている。  鈴音ちゃんも渚に話しかけ、画面を見ている様子。 『そんな風には見えなかったんだけど』 『渚が来る前に一度来たときは、そんな風だったんだよ』 『坂浪さんからもそれ聞いたけど、今の西野君からは変なことは言われたこと無いかな』 『確かに今はそうだね』  ◇◇◇◇◇  放課後、いつものように文芸部に向かった。このところ文芸部によく顔を出していて、テスト期間中は部室で試験勉強なんかもやったりしていた。渚を始め部員の皆は僕の苦手な国語が得意なので、勉強の仕方を教わるにも良かった。 「あれ? 相馬、先に出たからもう来てるかと思ったんだけど」 「相馬くん、一昨日も居なかったよね」  あの文化祭以降、渚も相馬に対して他人行儀な敬語では話さなくなったし、西野を躱すために相馬を利用するくらいには(したた)かになった。ただ、彼女の言う通り相馬は最近、文芸部に顔を見せないことが多い。 「むっふー。相馬くんの居場所、私知ってまーす」  なんて言ってきたのは成見さん。いつものように前髪をヘアピンで留めておでこを見せてる一年の女子。 「相馬のやつ、何かやってるの?」 「ノノちゃんとお試しデートでーす」 「ノノちゃんって野々村さんだよね?」 「野々村さんって凄く大人しそうに見えたのに、意外だな」 「私たち、これでも一応は相馬くん目当てで入ってきたんで。相馬くんってさ、物静かな女の子に惹かれるんだって。でも失恋したばかりだからって言うんで、とりあえずお試しってことで。私は残念ながらフラれちゃいました」 「なるほどなあ」  物静かな――というのと――失恋――で二度、渚を見、納得してしまった。  小岩さんと坂浪さんも口には出さないが興味津々と言った様子だ。部長の樋口さんは恋人がいると最近聞いたこともあって余裕があるように見える。西野は今日、来ていなかった。 「ああ、そういえば西野の様子は最近どう?」 「どうって……」――坂浪さんを始め、一年の女子は答えに困っている。 「あれから真面目にやってるみたいよ。最初の時みたいなこともないし」  樋口先輩がそう言うなら問題ないのかもしれない。少なくとも山崎から聞いたようなことにはならなさそうだ。  しばらく文芸部で時間を潰していると、ガラッ――と戸が勢いよく開かれる。 「ちぃース」  西野だった。気の弱そうな坂浪さんはそれだけで椅子から跳ね上がる。  ただ、西野はいつものように眼鏡をかけておらず、ネクタイも締めてなくて服のボタンも留めていなかった。 「ちわ。今日は来ないかと思ってたよ」 「ちょっとダチと話しててさ」 「ダチって平岡とか?」 「ああ? ……知ってんの?」 「いや、ちょっと噂で聞いただけ」  噂……少しだけカマを掛けてみた。ただ、西野からの反応は無かった。 「また新しいの書いてきたの? いつも書いてきたら来るから」  樋口先輩が問いかける。なるほど、西野が来たり来なかったりするのはそういう理由があったのか。 「あー、いや。今日はちょっと違うッス。……今日はあの、鈴代サン、ちょっと二人だけでいいスか」 「えっ、無理です」 「――えっ? そこで無理? なんスか? どうしても?」 「瀬川くんが一緒なら……」  西野は顎を摘まむように指をあて、あーともえーともつかないような声を出し――。 「……瀬川クンって鈴代サンと付き合ってんの?」 「「えっ!?」」  渚と顔を見合わせる。  どうしようか迷っていると、渚が頷いた。 「ああ、うん、付き合ってるよ。あまり皆には言ってないけど」 「ハァ、やっぱりかァ」 「(ですよねー)」 「だと思ってました」 「わかるよね」  西野だけでなく、他の一年の女子もみんな似たような反応を示した。一応、樋口先輩には先に言ってあった。 「そういうわけでごめんね」 「いや、瀬川クンと一緒でもいいんで」  ◇◇◇◇◇  西野がどうしてもというので三人で隣の空き教室に入った。 「さっき瀬川クン、噂っつってたっしょ」 「ああうん」 「なんか他に聞いた?」 「ああ、文芸部の女の子全員とナントカとか、本当に言ったの?」 「まあ……」 「さすがにうちの女子の耳に入ったら引くと思うよ? 今でさえちょっと怖がってるのに」  渚もちょっと引いて僕の陰へ隠れるようにしていた。 「ああ、やっぱり。さっきもビビってたよなあ」 「そりゃノックもせずにいきなり部室へ入って来てたら文学少女は驚くって」 「なるほど……」 「それで? 本当にやる気なの?」 「最初はそのつもりもあったんだ。ダチに見栄張って、あんなことを言っちまったけど……。いや、オレ、こんなナリで鈴代サンからしたら怖いかもだけど、男ならともかく実は女は苦手で……」 「いやだって、初日に坂浪さんへ絡んでたでしょ?」 「あれは割と頑張ったんだが」 「頑張る方向間違えてるでしょ……」 「ダチの平岡が言ってたけど、気弱な女の子ならぐいぐい行けば落とせるって……」 「ええ……。あでも、渚もそんな感じだった?」 「私は太一くんだったから! ――体の大きい男子にぐいぐい来られたら怖いよ」 「強引に行くなり最後は泣き落としなりで一発ヤらせて貰えたら後は余裕だって言われて」 「いや、それは引く」 「そんなのやだ」 「う……だから瀬川クンに言われてオレも反省したワケ。小説に興味があったのは嘘じゃないし、ラノベとか読むのも……平岡たちには冗談だって言ったけど本当のことだし。身なりもクラスの大人しいヤツに手伝ってもらって」 「それであの変わり様だったのか」 「表向きは文芸部の子を落とすためっつったけどよ、鈴代サンは優しく教えてくれたし、小説書くのも楽しくなってきたしで、オレとしては割とマジにやってたわけなんだが」 「まあそれは見てて分かった」 「たださァ、最近そのせいでハブられがちなんだわ。クラスの大人しい連中と話をするようになって、それも割と話が合うもんだから余計に嫌味とか言われたり。したらさっき、平岡たちに文芸部の女は落とせたのかとしつこく聞かれてさァ」 「じゃあ縁切ればいいじゃない、そんな人たち。楽しいんでしょ? 小説書くの」  そう声を上げたのは渚。  渚の言う通り、西野は小説を書くのを楽しんでいると思う。そうじゃなければ読み辛いと言われた小説を頑張って書き直してきたりはしないし、何より毎回、書くたびに反応を欲しがったりしないはずだ。 「そんなに女の子とするのが大事? 小説書く方が楽しいんでしょ?」 「いや、オレも女の子とシたいってのはあるんで……」  渚よ、その言い方は色々なんというか――お前が言うな――だ。 「まあ見栄で女の子と――なんてのはどうかと思うよ、僕も」 「見栄とかダチとか関係なくて、…………オレ、文化祭であの劇を見てからずっと、鈴代サンが好きなんだ」  ――突然の西野の告白に僕は何も言えないでいた。女の子とやりたいだけとかならともかく、純粋に好きという気持ちは僕にも否定できない。逆の立場だったら辛いだろう。 「えっ、私!? 私は太一くんが居るから無理」 「ハァ、わかってる。……平岡たちと付き合うのもヤメだわ。あー、でもオレを男にするために1回だけヤらせてくんない? よね?」 「絶対無理!」 「くれるわけないだろ!」――やっぱりコイツ殴ってやろうかとも思った。 「1回だけって言えばヤらせてくれる女も居るっつってたけどそれも嘘か……」 「どんな理由があったとしても1回だけって言ってしちゃう女の子なんてちょっとおかしいから! そんな女の子が恋人だったら嫌でしょ!?」 「平岡とかいうやつが言うことを真に受けるなよ……」 「ハァ……マジでゴメン。平岡たちと女の話してるとホント調子が狂うわ。次から真面目に文芸部くるから。あとできるだけ坂浪サンとかがビビんないように入るわ」  そう言って西野は空き教室を出て行った。出て行くときに右手の文芸部の方を見て驚いていたが、頭を下げてから去っていった。  僕らが部屋を出ると、そこには文芸部の一年の女子たちが居た。 「ごめん、なんか心配で聞いてた」――先頭に居た成見さんが言う。 「まあ、いいよ。皆にもいずれ話すつもりだったから。西野もちょっとおかしいけど、本人的には真面目にやってくつもりみたい」  その後、部室に戻って話し合った結果、真面目にやるなら居て貰っていいのではという話になった。ただし、最初の時みたいなことがあったり、部員の誰かにしつこく迫るようなら退部して貰おうということに。まあ、大人しい女の子の多い部だしね。西野には厳しいけど、そのくらいは当然かなとも思った。  ただ、別の日に僕と渚が連れ立って早めに帰ろうとしたところ――。 「おつかれッス。鈴代サン、これから帰ってセックスっすか?」 「西野お前退部な!!!」  ――なんてことがあって西野に猛省されたりした。西野の矯正にはしばらく時間がかかるかもしれない。あと、その場は適当にごまかしてはみたものの、なんとなく渚と早めに帰るのが恥ずかしくなったりした。
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