第19話 僕の彼女はもっと強く

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第19話 僕の彼女はもっと強く

 先生に捕まっては元も子もないので目立つ場所では走らないようにし、なるべく北校舎の東棟まで急ぐ。クラスは南校舎の西棟なので結構距離がある。 「ごめん、鈴音ちゃん――先生呼ぶかもしれないから――職員室前に!」  鈴音ちゃんと中央の渡り廊下で別れ、渚と一緒に文芸部へ向かう。  東棟の一階に入り廊下の角を曲がると、文芸部前で揉めているのが目に入る。  平岡っぽいやつ、それから見慣れない男子が二人。  手前ではその一人が廊下に寝転がって相馬と取っ組み合って、  新崎は相馬からそいつを引き剥がそうとして尻もちをつき、  もう一人は奥で、パイプ椅子を振り上げた成見さんとにらみ合い、  成見さんの横では野々村さんが鼻血! を出していて、  その横で樋口先輩がフロアブラシを構えている。  そして平岡は西野と掴み合っていた。 「ダメだこれ! 渚、先生呼んでもらって!」  僕や相馬が何とか出来る状況を超えていた。  何だこれ、うちの学校こんな治安が悪いの!?  とにかく走り、マウントを取られかけた相馬のところへ近づき、平岡の取り巻きのひとりの首に腕を回した。そいつは思いきり仰け反って僕は硬い廊下の床で頭を打ったが、とにかく腕を放してはやられると思い、必死で力を込めていた。  相馬はそんな僕を放置して野々村さんの方へ。  僕に掴みかかられた男子はもがいて暴れるが、やがてバンバンと床を叩き始める。 「ちょっと瀬川くん、首締まってる。死んじゃう、ストップストップ!」  新崎が慌てて僕に声を掛けてくれる。僕がようやく手を緩めると、そいつは転がって離れ、ウェエと嘔吐く。  相馬を見るとさっきまで成見さんと対峙していた取り巻きに掴みかかっていた。  相馬も喧嘩強くないじゃないか――なんて思いながら、僕も間に居る平岡と西野は無視して相馬の相手に掴みかかる。が、喧嘩慣れした相手だからか、二人がかりで振り回される始末。  しばらく揉み合った後、偶然足がかかったところをようやく床にねじ伏せて取り押さえた。  西野もやがて平岡を転ばせマウントを取ると、平岡も諦めた様子になる。 「瀬川クンひどいな――こっち手伝ってくれてもいいのに」  息を切らした西野が言う。 「西野なら余裕でしょ――こっちは喧嘩なんてしたこと――ないんだから」  僕も相馬も息が切れ切れだった。  西野が余裕かどうかは知らないけど、相馬はそうじゃなさそうだったからな。 「……喧嘩のルールも知らねえのかよ、クソが」  僕に首を絞められ、今は隣の空き教室から椅子を持ち出し両手で振り上げてる新崎に威嚇されていた取り巻きが床に座ったまま愚痴る。 「うるせえ――こっちは大事なもの――守れるかどうかが懸かってんだ――ルールなんか知るか!」 「野々村さん――先に行かせてごめん」――と相馬。  野々村さんは小岩さんにティッシュを貰って鼻を押さえていた。  野々村さんは首を横に振る。 「取り上げられたスマホ……取り返そうとしてそいつの肘に鼻をぶつけただけ――」 「痛テテテテテ!」  聞くが早いか相馬が取った腕を捩じり上げていた。 「やめろやめろ、気持ちはわかるけど腕が折れる」 「先生! こっちこっち!」  渚が廊下の角の所で手招きしていた。  やがてやってくる先生と鈴音ちゃん。あとどこかの生徒が何人か。  騒動は収まってるので怒鳴って割り込んだりしてくる様子はない。  僕らは平岡たちを解放する。 「なんだまたお前か瀬川……()()女の子がらみか?」  前回の騒動でも最初にやってきた地理担当の曽根先生。 「今回は僕じゃないです……」 「先に手を出したのは西野ですよ、先生」――と平岡が言う。 「そうそう。西野が平岡をいきなり突き飛ばしてきたんだ」 「いや、それはそうなんスけど……」――と口下手な西野が。 「先生、こいつらが部室に押しかけて、私たちにベタベタ触ってきたから西野君が怒ったんです」 「本当です。私たちが嫌がってるのに聞かなかったから」  成見さんと樋口先輩の言葉に、小岩さんと坂浪さんも頷く。 「俺は助けを求められて来たら、野々村さんが鼻から血を流していたのでそいつを殴りました」  相馬は自分から仕掛けたことを言う。ただ、野々村さんは――。 「スマホ取られて……取り返そうとしたら……殴られました」  さっきと言ってることが違う! 「私は喧嘩を止めようとして」――と新崎さん。 「あ、僕も止めようとして」 「そいつに首絞められた!」 「なにぶん素人なもんで……」 「はぁ……いくらセクハラされたからって暴力に訴えちゃいかんだろ」 「曽根先生甘い!」 「脅して触ってくるのは暴力ですよ!」 「嫌がってるのにキモい!」 「君たち、合宿の準備しててよ……」 「「「嫌です!」」」  どうやら曽根先生の任されてる部の合宿か何からしい。 「とりあえず全員、職員室に行こうか。今、人が少ないんだけどな……」 「あ、先生! 平岡は文芸部の鈴代さんを襲うって言ってたんですが」  どうも西野が咎められそうな節があったので個人的に頭に来てることを付け加えておく。 「いいかげんなことをいうなよ!」 「いえ、私も聞きました」――と新崎。 「嘘つけ!」 「先生、私も聞きました」――渚も言う。  言った言ってないで平岡たちと揉めていると――。 「いいよ、さっきの動画見せて」  そう、声をかけてきたのはいつの間にかやってきていた姫野だった。  姫野の他にも、彼女の取り巻きや山咲さんたちも来ていた。  姫野の取り巻きたちは青い顔をしている。 「いいの?」――と新崎。 「うん」  姫野の返事を確認した新崎はスマホをいじって曽根先生に渡す。  あの動画を見せるということは姫野も罪を問いただされることになる。  曽根先生は周りの生徒たちが覗き込もうとしているのを追い払ったりしているが――。 『――その鈴代っての俺が襲ってやるよ』 「うわぁ、やばいやつだ」 「一年坊主のクセして下衆っ」 「キモい」 「君たち、他に漏らさないでよ?」  曽根先生、悪い先生ではないんだろうけど色々と雑だなとは思った。  平岡たちは、まさかそんな証拠があるなんて思っていなかったようで目を見開いていた。 「先生、動画お渡しします。バックアップもありますし、撮るに至った経緯も説明します」 「わかった。ややこしいことになってるようだけど付き合ってやるよ。合宿は中止……は嫌だよな。宿泊所の書類とか任せていい? 僕の名前だけ書いとくから」  ◇◇◇◇◇  曽根先生は職員室に寄った先生を片っ端から捕まえて、僕たちの事情徴収に充てていた。1-Aや1-Cの担任も出払っているので副担任を呼び出し、とにかく全員の話だけ聞いて僕らは一旦帰らされた。 「ごめん瀬川、俺は野々村さんを送っていく」  相馬はいつもより野々村さんにくっついていた。  大事なものを傷つけられたんだ。気持ちはよく分かる。 「ああ、いいよいいよ。野々村さんを気遣ってあげて」  野々村さんはお辞儀をして二人で帰って行った。  文芸部のみんなは、樋口さんのお母さんが心配して車で来てくれると言うので三人とも乗せて貰うそうだ。ただ、西野はいつの間にか居なくなっていた。  山咲さんたち三人は既に帰っていた。 「遅くなったけどファミレスでも寄る?」 「うん」――と渚。 「心配して待ってたけど二人とも元気そうだから帰るわ」――と鈴音ちゃん。 「そうね。私も椅子なんか持ち上げてたから腕が痛くて。――あなたはどうするおつもり?」  そう言って新崎が問いかけたのは姫野。  もちろんファミレスのことではないだろう。 「私は……ひとりでやったことにする。だから三人のことは黙っていて」  新崎は僕たちの方を見やる。  姫野は残っていたけれど、無関係だからと言って後の三人は先に帰らせていた。あの三人の誰かの声が動画に入っていたはずだけど、しらを切るつもりだろうか。 「わかった」  そう答えたのは渚。 「僕もいいけど、先生に全部話したんでしょ? よかったの?」 「私が悪かったから。二年の先輩たちを(そそのか)したのも話した。――その、ごめんなさい、いままでずっと。鈴代……さん。――彼氏さんもごめんなさい」 「うん、いいよ。理由もわかったから、いい」 「平岡に見つかって、手伝ってやるとか言ってきたんだけど、あいつあんなだから断ってた」 「そっか」 「友達の前であんなに泣いたの初めてで恥ずかしかった」 「うん」 「もっと早く気持ちをぶつけておけばよかった」 「うん、そうだね。でも中学のころの私だったら耐えられなかったかも」  渚はしっかりとそう答えていた。  僕は渚の背に手をやる。  ふぅ――と溜め息をつく姫野。 「ヒロ君も鈴代さんなんて高望みはやめて、私くらいにしとけばお似合いなのに」  姫野は涙目のまま笑顔を作り――じゃあね――と走って行った。  ◇◇◇◇◇ 「渚はいつのまにそんなに強くなったのよ」  駅までの道で鈴音ちゃんが渚に聞く。 「体力つけるのに毎朝走ってるもん」 「そうじゃなくてこの前まで姫野に怯えてたでしょ」 「太一くんが私のことで怒ってくれたときにはもう吹っ切れてたのかも」 「え、それっていつの話?」 「一昨日のファミレス?」 「早いわね……それで昨日にはもうスッキリした顔してたのね」  いや、それは何か違うような気もするけどそうなの? 「そんなに瀬川がいい?」 「うん、すごくいい。満たされてるっていうか、朋美ちゃんのことでも心の支えになってくれたの。私はここに居ていいんだって」 「朋美ちゃん……ねえ……」 「それからそれからぁ――」 「いやもう聞きたくない」 「ええ、聞いてよー。鈴音ちゃん」  そういえば以前、鈴音ちゃんに全て白状したあとも、渚がこんな感じで語って聞かせていたな。ただ、徐々に猥談になりつつあったので慌てて止めたけど、こんな道端でやめてほしい。  ファミレスは二人だけになったのでやめて、渚のお母さんが夕食を用意してくれるからとご馳走になることに。そして今回のことを報告したりしたわけだけど、渚のお母さんにはまた感謝されることになった。  ◇◇◇◇◇  その後、1-Aの皆は特に御咎めなしとなった。ただ、盗撮はダメなのでまず担任に相談するようにと念入りに申し渡された。まあ、ちゃんと力になってくれるのなら次からは相談しようと思った。  新崎は事件のあらましをクラスのSHRで皆に伝え、その解決のために盗撮していたことを謝った。もちろん、僕らも一緒に頭を下げた。 「ひどい!」 「そんなの聞いてないよ!」  ――という第一声に思わず目を瞑ってしまった根性なしの僕だったが――。 「何で相談してくれないの」 「教えてよ!」 「あの服、瀬川のかよ、教えろよ」  ――続くみんなの言葉に思わずちょっとだけ涙ぐんでしまった。  ◇◇◇◇◇  1-Cの面々については、姫野と西野が反省のための停学となった。ただ、僕や渚、それから文芸部のみんなの抗議もあって、それはごく短い間となった。  処分を下された日に姫野は、二年の先輩のところを一人一人回って頭を下げて謝っていったそうだ。自分が煽ったことは間違っていたことを。  そして幸いなことに復帰した姫野が除け者にされたりしたという話は野々村さんを通しても聞かれなかった。復帰した姫野の所に、渚が真っ先に駆けつけて彼女と仲良くしていたからかもしれない。姫野はクラスの皆の前で渚に泣いて謝ったと言う。また姫野は取り巻きとも折り合いをつけたのか、三人ともちゃんと友達で居てくれているようなので渚も安心していた。  ちなみに2個の消しゴムも下敷きも戻ってきた。どれも掃除道具の入ったロッカーの上の方に放り込んであった。  西野。あいつは停学から復帰したクセに文芸部には顔を出さなかった。  その態度に業を煮やした僕と相馬は翌日の放課後1-Cの教室を訪ね、西野を無理矢理文芸部に連れて行ってやった。  文芸部に連れていかれた西野は部員の皆に感謝された。もちろん僕と相馬にも。まあ、女子部員の皆からは感謝と言ってもお礼の言葉だけで、握手されたり大歓迎されるわけでもなかった訳だが、それでも彼女らとの関係にとっては大きな前進だったと思う。ただ――。 「ときどき整髪料の臭いがきついです」 「卑猥な発言がまだ時々あります」 「胸、見てるのわかるからやめてね」  ――などと言われてショックを受けていた。  まあ、言ってくれるようになっただけマシだよ西野……。  野々村さん。彼女の怪我は大したこともなく、元気そうだった。  ただ、あの日の翌日、相馬と二人が揃って登校してきていたのを僕と渚は見逃さなかった。仲良く駅から歩いてくるところを見かけたのだ。野々村さんは相馬に寄り添って、二人はちょっとだけ指を繋いでいた。  それからしばらくして、二人は正式に恋人になった。  誰か忘れてる気がするけどまあいいや。  そんなわけで僕たちに平和が戻った。 第三章完
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