【1】再開

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【1】再開

7月初旬。 東京都昭島(あきしま)市拝島。 昭島総合病院の裏口。 業務用駐車場に、白の軽ワゴンが1台停まった。 控えめに書かれた市役所の名前。 その運転席のドアが開く。 「暑っ! 」 何度言っても、何にも変わらない独り言。 分かっていても、つい口にしてしまう。 「さてさて ♪ ♪」 何やら嬉しそうに、後部座席のスライドドアを開け、筒状に丸めたものと、チラシの束を持つ。 古賀(こが) 真斗(まさと)、22歳。 この春に、市役所に勤め始めた新人である。 業務用の入り口から入り、1階の受付へ。 昼前でも、まだまだ来院者は多い。 「おはようございます!」 「あら、真斗さん。おはよう」 「おっ、今日はサラリーマンらしいじゃねぇか」 受付も常連客?も、彼のことは知っている。 大学生の頃から母親が入院しており、毎日の様に見舞いに来ていた。 「斉藤さん、茶化さないで下さいよ」 明るく、人当たりの良い彼は、人気者でもあった。 笑顔を振り撒き、受付の阪本さんへ向き直る。 「バーン❗️」 巻いていた紙を広げて見せる真斗。 市が発行したポスターである。 「マジ⁉️」 驚く阪本を後ろに、皆んなの方へも見せた。 お年寄りが多く、身を乗り出して目を細める。 「念願の花火大会が、今年から復活しま〜す❗️」 「おぉ! 本当か!」 「真斗さん、やったわね!」 「やりましたよ宮部さん、皆さん!」 皆んなから温かい拍手が贈られた。 満面の笑顔で、それに応える真斗。 「真斗はそのためだけに、市役所へ入社したようなもんだからな。すげぇ、本当にやりやがった」 面接で問われた志望理由。 面と向かって『花火大会を復活させたいからです』と言い放った真斗。 お堅い雰囲気は一気に崩れ、市長の笑い声で採用が決まったのである。 「このポスターと、チラシをお願いします!」 「OKよ。院長も地元だから、きっと喜ぶわ」 「ありがとうございます」 阪本に一式を渡し、チラシを一枚取る。 「それより、早く知らせてあげたら?今日は朝から調子もいいから、喜ぶわよ〜本当に親孝行ね」 目で頷いて、入院病棟へ…と、その瞬間。 「走らない様に! と…それから丁度今、宮村さんが様子を見に行ってるわよ」 若い看護師の一声と、意味深な補足。 そして皆んなの笑い声が続く。 少しバランスを崩しかけて、照れ笑いの真斗。 ペコリと頭を下げ、早歩きで向かった。
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