死刑囚 尾瀬遥

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死刑囚 尾瀬遥

 19人殺して、それじゃァ記念すべき20人目だ!!ってもう自暴自棄になっちまって、男でも女でも子供でもいい。牛刀が折れたりなまくらになったら新しいのを抜いてそれを使って……その繰り返し、私の半袖半ズボンは真っ黒だから血を反映しない。でも、そこから覗く私の手足はもう真っ赤にぬらぬらと、花火を反射して薄気味悪く光っていた。    その時、私の体がぐん、と背後から引っ張られた。正確には、半ズボンの裾が。こんな低い場所を引っ張るなんて、倒れている誰かが家族から私を遠ざけようという美しいカゾクアイか、それとも木の枝にでも引っかけたか?私は苛立って背後を振り返った。  私の目を射止めたのは、  私の半ズボンの裾を掴んでいるのは、色白の肌、ふわふわとした癖っ毛のまだ年端も行かぬ子供だった。多分、3,4歳くらいの男の子かなあ。下手したらもっと下かも知れなかったなあ。本気になれば乱暴に振り払ったり、牛刀でそのまま……なんてこともできたかもしれない、の、に。 「……んだよ、離せよ」  私は足を乱雑に振るって、その子を追い払うことしかできなかったんだ。刃物で脅すことも、乱暴に怒鳴ることもできなかった。  それでも、子供は足に縋りついて来た。色白の体に血糊をべったりとつけながら、それでもあの日のように、物言わぬまま縋りついて離れない。 「離せよ。やめてくれよ。こんなことする価値ねえよ。お前のご主人様たちは死んだぞ。パパとママも死んだかもしれねーぞ。あーしのせいで……」 「ハルカおねえちゃんはつらいつらい」  白い子供は必死になって、私の体中を撫でる。あの日、傷を舐めてくれていたように。心の傷を癒そうと舐めてくれているように。 「ハルカおねえちゃん、ぼくがいるよ。ハルカおねえちゃん。いつも泣いてたね。つらかったね。つらかったね。ぼくらがこわいときに噛みつくみたいに、ハルカおねえちゃんもかみついちゃったんだね」  こんな子供、包丁が無くても殺せる。縊り殺せる。やれるはずだ。やれるはずなのに、あの頑として動かない、飼い主を救おうと立ち尽くすあの健気な子犬の姿は、わたあめの、あの、私の愛犬の、姿、生まれ変わり、は。 「ハルカおねえちゃんがやさしいことはちゃんとしってる。だから、もうここでやめよう。ぱぱとままとおにいちゃんがひどいこといってたの、しってたよ。でもみんな、いなくなっちゃったよ。だからもうやめよう。なにもしてないひとたちをかむのはもうやめよう。やさしいおねえちゃんに、戻って……」 「……馬鹿じゃねーの、生まれ変わって運命なんて……何で、私の方を……」 「おねえちゃんが大変なの、見えてたから、生まれ変わって助けたかったの。僕と、おねえちゃんは、いぬとにんげんだけど、どこまでいっても、うんめいだからね。ぼくがまもるから。ぼくは虹の橋なんてわたらないから」  ――お察しの通り、そこで19人打ち止めだ。んで、そのまま逮捕からの死刑……おっと、なんだい、看守さん。急にこんな時間に。まだ運動場には早いだろ……  ああ、そういうこと。年貢の納め時な。法相さんも虫の居所が悪かったのかね……ま、205号室の、頑張れよ。わ……あーしは今日だったけど、あんたは今日じゃないんだから。その時が来るまで、正気で生きろよ。  ああ、今日は死刑にはもってこいの日だ。天気がいい。それに――気のせいかなァ、遠くから犬の遠吠えが聞こえる。今度はあーしが犬になって、あの子のところに拾われたらいいのにな。  運命のひとりと一匹、だからな。
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